キャッチコピーで”この家の人形、なんか変。ゾク×ゾクのドールミステリー!” とありこの「ドールミステリー」という宣伝文句を信じて鑑賞に臨んだ方は、見事に裏切られることになります。これは完全にホラー映画です。
しかし、この「裏切り」は決して悪い意味ではありません。序盤からスピード感のある展開で、あれよあれよという間にホラーの世界へと引き込まれていくのです。日本人形特有の不気味さがあり、それは黒髪のおかっぱ、パチクリと動く目、無表情な顔。これらすべてが、トラウマ級の恐怖を演出します。
ただし、映画『ドールハウス』が単なるホラー映画と一線を画すのは、ミステリー要素がしっかりと組み込まれている点です。人形に隠された秘密、捨てても戻ってくる謎、そして驚愕の真実とこれらが丁寧に伏線として張られており、観客を最後まで引きつけます。

矢口史靖監督のホラー挑戦
矢口史靖監督は、「ウォーターボーイズ」「スウィングガールズ」「WOOD JOB!」など、青春爽やかコメディ映画で多くの観客を魅了してきた。そんな監督が、まさかのホラー映画に挑戦したことは、多くの映画ファンを驚かせたのではないでしょうか。
しかし実は、矢口監督とホラーの関係は決して浅くありません。1994年1月から3月まで関西テレビで放送された伝説的なオムニバス学園ホラードラマ『学校の怪談』シリーズに、彼は演出として参加しています。このシリーズには、清水崇(『呪怨』)、黒沢清、中田秀夫(『リング』続編)、鶴田法男といった後に日本ホラー映画界を牽引する監督たちが集結しており、脚本では『リング』シリーズの高橋洋や、『ほんとにあった怖い話』の小中千昭、『おくりびと』の小山薫堂も参加していました。
110分ノンストップの展開と恐怖と笑いの絶妙なバランス
映画『ドールハウス』最大の特徴は、その圧倒的なテンポの良さと、恐怖とコメディの絶妙なバランスにあります。
公式サイトでも「110分間ノンストップのドールミステリー」「数分に一度、見どころの訪れるエキサイティングな映像」と謳われているように、全編を通じて視聴者を飽きさせません。それは冒頭の長女の死から、人形との出会い、精神的な回復、新たな娘の誕生、そして人形による奇妙な出来事の始まりまでをわずか20分程度で展開されます。通常のJホラーであれば、じめじめと不穏な空気を醸成するために時間をかけるところを、映画『ドールハウス』は一気に物語を進めていくのです。
そして中盤以降、物語はホラーからミステリーへとシフトします。人形の正体を追う夫婦の調査、呪禁師との出会い、人形職人の過去、そして驚愕の真実と展開がコロコロと変わり、スケールもどんどん大きくなっていきます。このテンポの良さを可能にしているのは、ホラーではなくミステリーとして物語を構築しているからです。人形の謎に迫ることが目的となるため、調査パートでも視聴者を惹きつけ続けることができるのです。
伏線が導く真実へ導くミステリー
映画『ドールハウス』がホラー映画として優れているだけでなく、ミステリー映画としても高く評価できます。ホラーからミステリーにジャンルが移行していく作品は、Jホラー映画の傑作である「リング」など過去にも存在します。しかし、幽霊とミステリーの組み合わせは、霊の力で何でもありになってしまうという問題があります。映画『ドールハウス』は、その点において非常にフェアに作られていると感じました。
劇中には、次の展開へのヒントがしっかりと隠されています。YouTubeの動画に映り込む不審な点、人形の内部に人骨があるという事実などこれらの伏線が、最終的に一つの真実へと収束していく構造は、ミステリーとして非常に優れていると感じました。ちゃんと観客が展開を予想できるように作られており、それでいて驚きも用意されているのでした。
ホラー演出の面で特筆すべきは、照明による恐怖の演出です。真衣が生まれてからの家族シーンは明るく温かみのある照明で撮影され、幸福な家庭の雰囲気を醸し出します。しかし人形による奇妙な出来事が始まると、徐々に画面が暗くなり、不穏な空気が漂い始めます。この照明の変化が、長澤まさみ氏の演技と見事に重なり、恐怖を助長しているのです。明るい表情から徐々に追い詰められていく佳恵の心理状態が、画面の明暗と連動することで、視聴者は視覚的にも彼女の絶望を共有することになります。
ホラー苦手でも安心、笑いで生まれる「余白」
そしてここに、矢口監督の真骨頂である恐怖とコメディの絶妙なバランスが加わります。映画『ドールハウス』は決してふざけたホラー映画ではありませんが、随所にコメディ要素が散りばめられており、観客を緊張から解放します。
例えば、夫の忠彦(瀬戸康史)が帰宅して、椅子に座ったアヤ人形を見つけるシーン。普通のホラー映画であれば恐怖一辺倒の演出になるところを、忠彦の受け入れ方があまりにも早すぎて、思わず笑ってしまいました。「ずっこけコメディ」のような演出は、完全に矢口監督の計算だったと思います。また物語が進むと人形の不気味さが表にでてビビりちらすのも思わず笑ってしまいました。
また、呪禁師の神田(田中哲司)も、やっと出てきた救世主かと思いきや、愛おしいキャラクターでした。人形と霊魂バトルを繰り広げるシーンは、正直あまり怖くはなく突然の展開すぎましたがワクワクする演出でもありました。
このように、ガチホラーになりすぎないところが、ホラー苦手な視聴者にとっておすすめです。矢口監督がコメディ作品で培ったバランス感覚が、ホラー映画においても十分に発揮されており、このスピード感はアメリカのB級ホラー映画を彷彿とさせます。いわゆる「変な家」的な展開の飛躍を、もっと洗練された形で実現したのが映画『ドールハウス』だと感じました。
主題歌「形」が紡ぐ世界観
映画『ドールハウス』を語る上で欠かせないのが、ずっと真夜中でいいのに。(ずとまよ)が手がけた主題歌「形」です。
ボーカルのACAねは、映画のラフ映像を手に汗握る思いで観て、「異変とわかってても、ぶっきらぼうでも、造形があるなら、それが今は健全。想いを募らせることが自分を守ることでもあったり、疑いが備わってるからこそ、依存の肯定や工程を丁寧に。痛みの鎧を着て暮らしていく」というコンセプトで楽曲を制作したそうです。
矢口監督も「唯一無二の圧倒的な音楽センスを持つ『ずっと真夜中でいいのに。』しかないと思い、主題歌をお願いしました」と語っています。
長澤まさみと実力派キャストの競演
映画『ドールハウス』を語る上で欠かせないのが、主演・長澤まさみの圧倒的な演技力と、豪華実力派キャストの競演だと思います。
矢口監督自身が「長澤まさみという超心で手足の長い乗り物を使っている感覚」と表現したように、彼女の存在感が作品全体を支えています。冒頭の洗濯機事故での絶叫シーン、人形に愛情を注ぐ穏やかな表情、人形の異変に気づいていく恐怖の表情、そして次第に追い詰められていくノイローゼ状態など長澤まさみは、母親としての複雑な感情をジェットコースターのように表現します。
特に印象的だったのは、人形を殴り続けるシーンです。神袋を被った人形を面棒で激しく叩き続ける佳恵が、ふと我に返って周囲を見渡すと、床に倒れているのは娘の真衣だった──この夢オチのシーンでの絶望感は、長澤まさみの演技力があってこそ成立するものでした。また、ママ友たちとの立ち話のシーンで、まるでアイドルグループのセンターのように佇む長澤まさみの存在感も見事です。「この人は大丈夫でしょ」という安心感があるからこそ、彼女が精神的に追い詰められていく過程がより恐ろしく感じられるのです。
そして長澤まさみを支えるのが、実力派キャスト陣の存在です。夫の忠彦を演じる瀬戸康史は、妻のやりたいことを受け入れつつ、一家の大黒柱として奮闘する姿が印象的でした。中盤以降、人形の謎を追う調査パートでは、完全に主人公が瀬戸康史にシフトします。長澤まさみとのダブル主演といっても過言ではないでしょう。妻を支えながら、冷静に人形の正体に迫る姿は、非常に好感が持てました。
田中哲司演じる呪禁師・神田は、作品の中盤で登場する重要キャラクターです。人形専門の祓い師として登場し、霊魂バトルを繰り広げるシーンはコメディ要素も含みつつ、物語の展開に大きく貢献します。田中哲司の癖のある演技が、作品に独特の味わいを加えています。安田顕演じる刑事・山本は、真面目に捜査しているようで、どこか抜けている愛すべきキャラクターです。安田顕特有のコミカルな雰囲気が、作品の緊張を適度に和らげます。
映画『ドールハウス』では、登場するキャラクターすべてにスポットライトが当たり、使い捨てにされることがありません。電話口で次々と登場する豪華キャストに、声だけで「おっ!」となる楽しさもあります。これは矢口監督の群像劇的な演出の巧さが光る部分だと思いました。
人形ホラーの系譜と映画『ドールハウス』の位置づけ
日本人形ホラーには、決してハズレがありません。黒髪のおかっぱ、真っ白な顔、パチクリと動く目──これらの要素は、もはや「可愛い」という感覚を超越しています。
映画『ドールハウス』に登場する「アヤちゃん人形」も例外ではありません。骨董市で佳恵が見つけたこの人形は、亡くなった娘・芽衣にそっくりで、一見すると愛らしい少女人形です。しかし、捨てても戻ってくる、娘の真衣を操る、そして徐々に表情が変化していくのです。これらの超自然的な現象が、日本人形特有の不気味さを最大限に引き出します。
特に印象的だったのは、人形が娘の真衣と入れ替わるシーンです。佳恵が神袋を被った人形だと思って殴り続けていたものが、実は娘だった。この絶望感は、日本人形ホラーならではの恐怖といえるでしょう。また、人形の髪の毛が伸びている、爪が伸びているといった細かな描写も秀逸です。これらは超自然的な現象なのか、それとも佳恵の思い込み曖昧さが不気味さを増幅させます。さらに、人形の内部に人骨が入っているという設定は、映画『ドールハウス』のミステリー要素を支える重要な伏線となっています。
映画『ドールハウス』を人形ホラーの系譜の中で位置づけるならば、いくつかの重要な作品との比較が有効です。
まず挙げられるのが、アメリカ映画『M3GAN/ミーガン』(2023年)です。同じく人形を題材にしたホラー映画ですが、『M3GAN』がAI搭載人形という現代的な設定であるのに対し、映画『ドールハウス』は伝統的な日本人形を題材にしています。『M3GAN』が科学技術の暴走を描いたのに対し、映画『ドールハウス』は日本的な怨霊思想と家族の絆を描いており、アプローチが大きく異なります。
また、チャイルド・プレイシリーズの「チャッキー」とも比較されるでしょう。チャッキーが殺人鬼の魂が憑依した純粋な悪として描かれるのに対し、映画『ドールハウス』の人形は、娘を失った父親の悲しみと、母親の狂気が生み出した存在です。この設定の違いが、作品の深みを生み出しています。
Jホラーの文脈では、「リング」や「呪怨」といった名作との比較も興味深いところです。映画『ドールハウス』は、これらの作品が築いたJホラーの伝統を踏襲しながら、ミステリー要素を強化することで新しい地平を切り開いたといえるでしょう。また、山岸涼子の名作ホラー漫画「私の人形は良い人形」との類似性も指摘されています。人形に異常な愛情を注ぐ母親という設定は、この漫画からの影響を感じさせます。日本の人形ホラーには、こうした文化的な蓄積があり、映画『ドールハウス』もその系譜に連なる作品だと思いました。
日本人形ホラーの伝統を踏襲しながら、独自の物語を構築した映画『ドールハウス』の手腕は見事だと思いました。
まとめ:矢口史靖が切り開いた新たなJホラーの地平
映画『ドールハウス』は、コメディの旗手・矢口史靖監督が本格的なホラー映画に挑戦し、見事に成功を収めた作品です。そして久々にジャンプスケアにたよらない良質なJホラーを鑑賞しました。
「ドールミステリー」という宣伝文句に惑わされず、これは正真正銘のホラー映画だと認識した上で鑑賞すれば、その完成度の高さに驚くはずです。日本人形ならではの不気味さ、長澤まさみの圧倒的な演技力、110分ノンストップの展開、そしてミステリーとしてのフェアさがあり、これらすべてが高いレベルで融合しています。
矢口監督がコメディ作品で培ったバランス感覚は、ホラー映画においても大きな武器となりました。恐怖とコメディの絶妙な配分、豪華キャスト陣の活かし方、そして観客を飽きさせないテンポ──これらは矢口監督ならではの演出です。
第45回ポルト国際映画祭でグランプリを受賞したことも納得の、王道Jホラーの良作です。続編への期待も高まりますが、まずは映画『ドールハウス』という一つの完成された作品を、ぜひVODでじっくりと味わってほしいと思います。
ホラー初心者にも、ホラー好きにも、そして矢口監督ファンにも自信を持っておすすめできる、2025年を代表するJホラー映画でした。




