アニメ「アップルシード アルファ(APPLESEED ALPHA)」を視聴して圧倒されるのは、その映像美です。フルCGIで制作された本作は、キャラクターの髪の毛の質感、水の表現、爆発シーンの迫力など、細部に至るまで驚くべきクオリティを誇ります。特にブリアレオスのサイボーグとしてのデザインは秀逸で、タンクのような重厚な体躯と精密な機械構造が見事に表現されていました。

画面を通して観ていると、冒頭シーンでは「これは実写なのか、それともアニメーションなのか」と本気で迷うほどです。キャラクターが歩くシーンでは、その動きの自然さに思わず見入ってしまいます。廃墟となったニューヨークの背景美術も素晴らしく、荒廃した都市を探索したくなるような魅力がありました。
しかし、この圧倒的な映像技術が物語の薄さを補いきれていないのも事実です。美しい器に盛られた料理の味が物足りないような、そんな印象を受けました。
デュナンとブリアレオス―絆が紡ぐ物語の核心
アップルシード アルファ(APPLESEED ALPHA)は、主人公デュナンとブリアレオスの関係性にあります。この二人はアップルシードシリーズにおける「バディ・コップ」的な存在で、互いへの深い信頼と愛情が物語の根幹を支えています。
そして声優として演じている小松さんと諏訪部さんの両名は、この複雑な関係性を見事に演じ分けています。デュナンの強さと脆さ、ブリアレオスの寡黙ながらも深い愛情。二人の掛け合いには、まるでクリント・イーストウッドを彷彿とさせるような渋さと、同時に温かみがありました。
特に印象的だったのは、ブリアレオスがトゥーホーンズの整備士によって意図的にシステムを弱体化されていたことが判明するシーンです。デュナンの怒りと、それでも冷静に状況を分析するブリアレオスの対比が、二人の絆の深さを物語っていました。
ハリウッド流リブートの野心と既視感の狭間で
2015年の公開された『アップルシード アルファ』は、荒牧伸志監督が過去に手がけた劇場版2作(2004年、2007年)とは直接的なストーリー上の繋がりを持たない「リブート作品」として制作されました。
インタビュー記事によると荒牧監督は続編ではない「新しい切り口」を模索する中で、主人公であるデュナンとブリアレオスが、人類の理想郷である都市オリュンポスにたどり着くまでの「前日譚」を描くことを発案。これは、複雑な設定を持つ原作を「心機一転して、シンプルでおもしろい物語」として再構築し、従来のファンだけでなく、初めて『アップルシード』に触れる観客でも抵抗なく楽しめる、ストレートなエンターテインメント作品を目指すという明確なコンセプトに基づいています。

オリジナリティと汎用性の狭間で
デュナンとブリアレオスのデザインは原作のエッセンスを残しつつ、リアル路線で再構築されており、特にブリアレオスの存在感は圧巻でした。
一方で、トゥーホーンズという新キャラクターのデザインは非常にユニークです。彼の登場シーンで流れる音楽と相まって、強烈な印象を残します。「彼は一体何者なのか」という謎が、視聴者の興味を引きつけました。
しかし、敵メカのデザインには残念な点があります。士郎正宗は世界屈指のメカデザイナーとして知られていますが、本作のメカは『クライシス』などの既存作品の影響が強く、オリジナリティに欠けています。原作のデザインをそのまま活用すれば、もっと魅力的になったはずです。
アクションシーン―派手さと物足りなさの共存
アクションシーンについては、2004年版『アップルシード』や2007年の『エクスマキナ』と比較すると、やや控えめな印象を受けました。前作では、デュナンがメカから飛び出して敵を一掃するような派手な演出がありましたが、本作ではそこまでの爽快感はありません。
ただし、タンクバトルや廃墟での戦闘シーンは見応えがあります。特にブリアレオスとタロスの部下ニクスとの一騎打ちは緊張感に満ちており、サイボーグ同士の格闘戦の迫力を堪能できました。
音楽面では、高橋瑛士氏のスコアが素晴らしく、まるでダフト・パンクが『トロン』で手がけたような電子音楽の美しさがあります。ただし、楽曲の使用頻度が少ないのが惜しまれます。
シリーズの転換点として―グリッティ・リブートの功罪
アップルシードシリーズのファンにとって、本作は大きな転換点となる作品です。2004年版や『エクスマキナ』で描かれた、きらびやかなオリンポスの塔や調和的な社会は本作には登場しません。代わりに提示されるのは、爆撃で破壊された都市景観と、生き延びるために戦う人々の姿です。
これは明らかに意図的な選択です。本作は「グリッティ・リブート(暗くシリアスな再起動)」というハリウッド的手法を採用しており、『バットマン ビギンズ』のように、より現実的で過酷な世界観を提示しています。この方向性は、ポスト・アポカリプス作品が飽和状態にある現代において、逆に「ありふれた」印象を与えてしまっているのが皮肉です。
一方で、シリーズを知らない視聴者にとって、本作は良い入門編になります。複雑な設定や前提知識を必要とせず、シンプルなアクション映画として楽しめる構造になっています。ただし、士郎正宗の世界観を深く愛する視聴者にとっては、物足りなさを感じる部分もあるでしょう。
キャラクター描写についても触れておく必要があります。原作やアニメ版では、デュナンは自立した強い女性戦士として描かれていましたが、本作では時折「守られる存在」になってしまうシーンが目立ちます。特に戦闘服のデザインについては疑問が残ります。胴体と腹部が露出したデザインは、実際の戦闘では致命的な弱点となるはずです。もちろん、これはアニメーション作品であり、ある程度の様式美は許容されるべきですが、デュナンというキャラクターの本質を考えると、もう少し配慮があっても良かったのではないでしょうか。
まとめ:映像美と物語性のバランスを問う作品
『アップルシード アルファ』は、CGI技術の進化を体感できる視覚的な饗宴であり、デュナンとブリアレオスの絆を描いた心温まる物語でもあります。しかし同時に、ストーリーの既視感や、実写映画を目指したことによる「アニメーションならではの表現」の欠如という課題も抱えています。
本作を観て考えさせられるのは、「映像技術の進化は、必ずしも作品の深みを保証しない」という事実です。美しいCGIに魂を吹き込むには、やはり物語の力が不可欠に感じてしまいました。
それでも、本作には確かな価値があります。荒廃した世界で希望を失わずに生きる二人の姿は、現代を生きる私たちにも通じるメッセージを持っています。ラストシーンでヒトミが語る「彼らはリンゴの種のようだ。どこへ行っても希望が芽吹く」という言葉は、技術的な完璧さよりも、人間性こそが真の希望をもたらすという普遍的なテーマを示しています。
アップルシードシリーズのファンには、過去作品との比較を楽しみながら。そして初めて触れる方には、士郎正宗が創造した壮大な世界への入口として楽しめる作品でした。




