2018年末に劇場公開されるや否や、異例の大ヒットを記録したのが映画『ボヘミアン・ラプソディ』です。公開から5週目まで興行収入が右肩上がりになるという、史上まれにみる大ヒットを遂げた本作は、最終的に興行収入130億円をこえるほどのロングランヒットとなりました。「映画館からおじさんが泣きながら出てくる」と話題にもなるほどです。
筆者はこれまでミュージックライブ後の余韻というものを感じたことが今までありませんでした。よく聞くのは「ぼーっとしてやる気がでない」「無気力感に襲われる」「燃え尽きた感」こんな気持ちに残念ながらなったことはなかったです。
ただ今作を観たあとこれらの気持ちがわかりました。いままで喜劇や悲劇のいい映画をみたあと「幸せな気持ち」「悲しくなる」ことはありました。ただこの「燃え尽きた気持ち」になるという初めての体験をしました。

伝説のロック・スター、フレディ・マーキュリーのすごさ
映画『ボヘミアン・ラプソディ』で中心的に描かれているのが、イギリスの大人気ロックバンド・クイーンのリードシンガーであるフレディ・マーキュリーです。圧倒的な才能と実力の持ち主だった彼は、HIV感染症によるAIDSを発症し、1991年に45歳の若さで返らぬ人となりました。死後も伝説のロック・スターとして、人気を博し続けているフレディですが、彼のセクシュアリティや人種、病などといった観点から偏見にさらされることも多く、正しい評価を得られないことも少なくなかったように思います。
本作では、クイーンが結成された1970年から、1985年に行われた伝説のライヴエイドまでに焦点を当てて映画化しています。この映画を通して、初めて彼の人生の物語を偏見なく考えた、という観客も少なくなかったのではないでしょうか。フレディ役のラミ・マレックの演技も素晴らしく、多くの人との心を打つものだったと思います。
さらに驚いたのは、公開当時に多くの人々が口にしていた「クイーンの曲は意外といい歌詞が多い」という言葉です。現在では、クイーンの楽曲は日本の音楽や英語の教科書に載るほど、ポピュラーで評価の高いものですが、世代によって認識に大きな差があるのも事実です。字幕でクイーンの楽曲の歌詞をじっくりと味わいながら、フレディの才能や人生について考えた人が多かったのではないか、と鑑賞しながら感じました。
例として本作のタイトルとなっているボヘミアン・ラプソディの冒頭“Is this the real life? Is this just fantasy?” 「現実か幻想か」の一節は、という深い問いを投げかけはフレディの人生の不確かさや運命をテーマにしているようにも感じました。
本人全面協力の再現度の高さ
映画『ボヘミアン・ラプソディ』を特別にしている要因の一つが、現在もクイーンとして活躍するブライアン・メイとロジャー・テイラーが本作に全面的に協力している点でしょう。伝記映画が作られる場合は、本人が全く関与しない場合と深く関与する場合に大きく湧けられますが、本作は完全なる後者で、メイとテイラーは製作にも名前を連ねています。本作の音楽プロデューサーも、二人が務めています。
二人が全面的に協力的だったからこそ浮かび上がってくるのがフレディへの敬意です。二人がいかにフレディをメンバーとして大切にしていたかがよく分かります。人々が見たがるような、センセーショナルでスキャンダラスなフレディ像ではなく、彼が真のロック・スターである点やクイーンがどのようなバンドだったか、により重点が置かれていたように感じました。それでいて、決してフレディを聖人君主として描くのではなく、ネガティブな側面についてもしっかりと描かれていたように思えました。
また劇中ではさまざまな面での再現度の高さが目立っていました。特に話題を誘ったのが、若き日のメイを演じていたグウィリム・リーの演技です。見た目の作り込み方が当時のメイにそっくりなだけでなく、ギターソロの動きや話し方、物腰まで非常に似ていて、ドキュメンタリーを見ていたかのような錯覚を起こしました。しかしながら、本作の再現度の高さを語る上で欠かせないのは、映画後半のライヴエイドのシーンでしょう。
圧巻の再現度で映し出されたライヴエイド
映画『ボヘミアン・ラプソディ』の一番の見せ場といえるのが、映画の最後に登場するライヴエイドのシーンです。これは、アフリカ難民救済を目的として1985年に実際に行われた最大規模のチャリティーコンサートを再現したものなのですが、細部に至るまでクイーンのパフォーマンスが忠実に再現されており、まさに圧巻の言葉以外が思いつかないほどです。この場面で演奏される「ボヘミアン・ラプソディ」の歌詞は、それまで本作を観ていたすべての人の心に響くもので、なぜ本作のタイトルがこの曲だったのか、再認識させてくれる演出になっていました。特にマレックのパフォーマンスは素晴らしいもので、数多くの賞を受賞している理由がよく分かるものでした。腕の動き、背中のしなり、マイクの持ち方など、フレディ独特のしぐさを不自然なモノマネになることなく、再現しています。
本作は2時間越えの長い作品ではありますが、この最後のライヴエイドのシーンを見れば、そのための時間だったということを十分に理解できるような作りで、損はありません。残念ながら、映画では2曲ほど演奏がカットされてしまっていますが、それを補った「ライブ・エイド完全版」なるバージョンも販売されています。
まとめ
映画『ボヘミアン・ラプソディ』は、決してドキュメンタリーのように史実を忠実に再現しているものではありません。しかしながら、フレディをはじめとしたクイーンのメンバーの敬意、そしてメンバーへの敬意で作られている一本です。その再現度の高さは驚くほどです。それはフレディ・マーキュリーの半生を描き、その個性と人間的苦悩、仲間との喧嘩別れ、そして仲間との絆、再結成、これだけでも優れたヒューマンドラマでもあると思えました。
フレディの壮絶な人生と才能を、彼の楽曲とともに噛み締めることのできる映画であり、「ぜひ劇場で」のコピーライトでもなく本当にこれにつきます。ぜひ感動の2時間ごえの時間を本作とともに過ごしてみてください。