原作「竹取物語」について
『超かぐや姫!』の原点となる「竹取物語」は、平安時代初期(9〜10世紀頃)に成立した日本最古の物語のひとつです。作者は不詳で、日本人ならどこかで聞いたことがある「かぐや姫」の物語として、千年以上にわたって語り継がれてきました。
物語の大まかな流れは以下のとおりです。
- 竹藪で光り輝く竹を見つけた竹取のおじいさんが、その中から小さな女の子を見つけ、わが子として育てます。
- やがて娘は類まれな美しさを持つ女性「かぐや姫」へと成長し、その噂を聞きつけた5人の貴公子が次々と求婚してきます。
- かぐや姫はそれぞれに「不可能な宝物を持ってきてほしい」という無理難題を突きつけ、すべての求婚者を退けます。
- ときの帝もまた彼女に心を寄せますが、かぐや姫は月を見るたびに泣き濡れ、やがてその正体を明かします。
- 自分は月の国の住人であり、いつか迎えが来ると。そして十五夜の満月の夜、天の羽衣を纏った天人たちが迎えに来て、かぐや姫は地上での記憶と感情を奪われたまま月へと帰っていく。
呪術廻戦OPを手がけた山下清悟、初の長編監督作品
Netflix のアニメ映画「超かぐや姫!」の監督である山下清悟(やましたしんご)氏はは自身が代表取締役を務めるスタジオクロマトを率いています。演出・作画・3D・撮影と複数のセクションを一人で横断する総合的なシーン作りを特徴とし、「情緒的な絵作り」を持ち味とする個性派アニメーターの一人として、業界内外から注目されてきた存在です。
その名が広く知られるきっかけとなったのは、テレビアニメ『NARUTO -ナルト- 疾風伝』への参加でした。オープニング・エンディング映像で圧倒的な存在感を示し、ニコニコ動画やネット上の映像好きたちから熱視線を浴びるようになります。2020年には『ポケットモンスター ソード・シールド』のオリジナルアニメ『薄明の翼』で監督デビューを果たし、情緒豊かな絵作りと物語への寄り添い方が高く評価されました。
決定的な転機は、原作者・芥見下々先生自らが山下清悟ファンであることをプロデュース陣に伝え実現した、テレビアニメ『呪術廻戦』第1期のOPアニメーション。続いて『チェンソーマン』(OP:米津玄師「KICK BACK」)、『うる星やつら』のOP映像演出も手がけ、世界中のアニメファンにその名を刻みました。
主な参加作品の流れをまとめると、以下のようになります。
| 年 | 作品 | 役割 |
|---|---|---|
| 2012〜2013 | NARUTO -ナルト- 疾風伝 | OP/ED 絵コンテ・演出・作画監督 |
| 2020〜2021 | 呪術廻戦 第1期 | OPアニメーションディレクター |
| 2022 | チェンソーマン | OP 絵コンテ・演出・3DCG・撮影監督 |
| 2022〜 | うる星やつら | OP演出 |
| 2026 | 超かぐや姫! | 初長編監督 |
山下監督は「最初に光景やキャラクターの感情が浮かんで、それを言語に直して絵コンテにする」タイプの作り手であり、アニメーション本来の”生理的な気持ちよさ”を大切にしていると各種インタビューで語っています。また、ピクサー作品でも使われる「カラースクリプト」を日本のアニメ制作に持ち込むなど、独自のワークフローによって一貫したビジュアルイメージを保ちながら作品を仕上げる手法でも知られています。
その山下清悟が、長編監督デビュー作としていきなり2時間22分の大作に挑んだのが今作です。短編・PV・OPで磨き上げたすべての技術が一本の映画に凝縮されているのですから、その密度の高さも納得といえるでしょう。

仮想空間×全力エンタメ、その系譜と超かぐや姫!の立ち位置
アニメ映画『超かぐや姫!』を一言で表すなら、「仮想空間を舞台にしたエンタメ全振りの映画」です。高校生の日常、バトルアクション、ライブシーンのパートで手を抜かない作画がハイテンポで畳み込まれていく視聴体験は、同じく仮想空間を舞台にした先行作品たちとも響き合います。
手描きライブシーンの熱量
本作最大の見せ場のひとつが、仮想空間ツクヨミでのライブパートです。CG合成に頼らず手描きで描かれたダンスと歌声が絡み合う映像は、単なる”アニメのライブ演出”を超えた迫力と感情の乗り方があります。笑いあり、涙ありの展開と相まって、劇中のライブシーンはアニメ映画『超かぐや姫!』の核といえる場面になっています。
バトルアクションの密度
もうひとつの見どころが、仮想空間内で展開される陣取り合戦のバトルシーンです。ハンマーにブーストが着いた武器デザインなど、移動にも破壊力アップにも機能するギミックが視覚的に爽快で、アクションの構成力が光ります。ダイジェスト形式で描かれる場面も多いのですが、その1カット1カットの密度が異常なほど高く、ここだけ抜き出してもアニメーションとして十分に見応えがあります。
仮想空間×エンタメという文脈で見る関連作品
「仮想空間でこそ本当の自分でいられる」というテーマと、圧倒的なエンタメ体験を融合させた作品は、近年いくつかの傑作を生み出してきました。以下の作品を合わせて視聴することで、アニメ映画『超かぐや姫!』がこの系譜においてどんな個性を持つかが鮮明になります。
スティーヴン・スピルバーグ監督『レディ・プレイヤー1』(2018年)
『超かぐや姫!』ともっとも世界観が近い実写映画のひとつです。現実とリンクした広大な仮想空間「オアシス」を舞台に、人々がアバターとして生きる社会を描きます。バーチャルでこそ本当の自分を発揮できるというテーマ、仮想空間内のバトルとライブ演出、そして現実世界との対比——エンタメとして全力で構築された映像体験は、『超かぐや姫!』と多くの要素で共通箇所がありました。ただこの作品アクションとバトルがメインであり音楽のライブシーンはありませんでした。

変に世界を救うなどがないので、ずっとワクワクしながらで楽しめ、映画・漫画・アニメ好き(けっこう日本のサブカルチャーが、日本のサブカルチャーとして描かれていました。)にはたまりませんでした。
細田守監督『竜とそばかすの姫』(2021年)
仮想空間「U」での音楽活動と現実を生きる少女の物語という構造が、『超かぐや姫!』ときわめて近い作品です。アバターの姿で歌うことで初めて解放される感情、バーチャルと現実の自己のギャップ——この2作品は類似した世界観を共有しながら、演出と結末の選び方が対照的です。エンタメへの振り切り方の違いを比較すると、両監督の個性がくっきりと浮かび上がります。

本当にBelle(中村佳穂さん)がとてもいいです。
レディプレイヤーのようにUの世界を冒険するアクションアドベンチャーかと思いきや細谷守監督の「時をかける少女」のように鈴という少女の成長譚でした。「美女と野獣」をリスペクトしたな〜というシーンはありました。
ただほんの一部で今作はやっぱりSNSとミュージカルと少女の青春をいろいろ詰め込んだ本当に楽しい作品となっていました!
高畑勲監督『かぐや姫の物語』(2013年)
同じく竹取物語を原典とする作品ですが、エンタメへの向き合い方は対極にあります。抑制された筆致と和の哀愁で描いたかぐや像は、今作と比較すると際立つほど異なります。『超かぐや姫!』との違いをあえて体験することで、かぐや姫という存在が持つ可能性の広さを実感できます。
ニコニコ世代への讃歌、ボカロ曲が彩る令和の仮想空間
登場するボカロPは以下の6組です。
- ryo (supercell)——「メルト」「ワールドイズマイン」で初音ミク文化の歴史を作った存在。本作ではメインテーマ「Ex-Otogibanashi」の書き下ろしと、「ワールドイズマイン CPK! Remix」を提供。
- kz (livetune)——「Tell Your World」など世界的に知られるエレクトロポップの旗手。
- 40mP——「トリノコシティ」「からくりピエロ」などで知られる2010年代ニコニコ動画を代表するP。
- HoneyWorks——「竹取オーバーナイトセンセーション」など、累計再生回数25億回超のクリエイターユニット。
- Aqu3ra——『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』で提供もしており、透明感のある楽曲で注目される新世代のボカロP。
- yuigot——「夢をみる島」など繊細な情景描写で定評のある作曲家。

「ワールドイズマイン」「トリノコシティ」「竹取オーバーナイトセンセーション」「ハッピーシンセサイザ」といった往年の名曲が劇中でキャラクターたちによって歌われたりカバー曲として聞いたとき、長らくボカロカルチャーに浸ってきた人には、あの頃の記憶を呼び覚ます懐かしさと、令和の映像技術で再現された新鮮さの両方が同時に押し寄せてきます。
そして間違いなくこれらの曲名を聞いて胸が熱くなった方は、間違いなくこの映画のコアターゲットです。バーチャルでこそ本当の自分らしく生きられるというテーマは、匿名文化とアバターが生んだニコニコ動画の世界観そのものです。vocaloidが生まれ、ニコニコ動画が盛んだった時代への郷愁が映画全体のトーンに宿っているように感じました。かぐや姫が自分らしく生きられなかった存在であることと、バーチャルでなければ本当の自分を出せないという現代的な孤独感が重なり合う構造には、テーマとして誠実なものがあると思いました。
公式公開動画
山下監督は、仮想空間の管理人・月見ヤチヨが「肉体を持たず人々を見守り歌う存在」として描かれた際、その姿が自然と初音ミクの象徴性に重なったことから、supercellのryo氏ら伝説的ボカロPたちの集結を決断しました。単なる流行りの起用ではなく、作りたいストーリーの中にボカロPの音楽が不可欠なピースとして組み込まれており、ED曲『ray』との奇跡的な合致もその一貫性の証です。「チャラい企画だと思っている人を中身で驚かせたい」と語る監督が、確固たる物語の上に築き上げた新時代の音楽アニメの衝撃を、ぜひその耳で確かめてください。

2周目が1周目より泣ける、かぐや姫は最初から知っていた
本作のストーリーは「かぐや姫が自分でハッピーエンドを作る」という軸を持っています。「バッドエンドのかぐや姫だと自分でわかっている存在が、それに抗う」という設定は、テーマとして非常に明確です。物語は「行動で好きになるいろは」と「存在で好きになるかぐや」という2人の主人公を、それぞれ異なる見せ方で掘り下げていきます。いろははその過去や葛藤を通じて感情移入を促し、かぐやはその圧倒的な自由さと純粋さで視聴者を惹きつけます。この2人のストーリーが、ライブシーンを通じて鮮やかに交差する瞬間が、アニメ映画『超かぐや姫!』の感情的な頂点となっています。
2周目に観ると歌詞がするりと入ってくる、キャラクターの表情が違う意味を持って見えてくる——そうした声が多く聞かれるのは、伏線と感情表現が巧みに埋め込まれていることの証拠でしょう。「まだ序盤のシーンで、実はもうキャラクターは知っていた」という構造が随所に仕込まれており、2周目の視聴体験は1周目とは別の映画と言えるほど変わります。
熱狂するファンと一部のレビュアー、スーパーマリオ現象と酷似した評価の構造
一方で、一部のレビュアーや物語の整合性を重視する視聴者からは厳しい評価も寄せられています。「ストーリーが薄い」「登場人物がいつの間にか仲良くなっている」「感情移入のきっかけが描かれていない」といった批判は一定の説得力を持っています。物語よりも映像とライブ演出に比重を置いた構造上、心理変化の積み重ねが省略気味になっているのは事実です。
この現象は、2023年公開の映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」で起きた評価の分断と非常によく似ています。批評家からは「物語の深みがない」と低評価を受けながら、ゲームファンや子ども連れ観客からは絶大な支持を得て世界興行収入13億ドルを超えた作品です。どちらも「特定の世代・文化的背景を持つ視聴者」に向けて圧倒的なエンターテイメント体験を提供することに全力を注いだ結果、物語の深度よりもキャラクターと映像の力で感動を引き出します。玄人の目には”浅い”と映り、熱心なファンには”最高傑作”だったのです。
まとめ:あの頃の歌声が令和の仮想空間に帰ってきた
Netflixオリジナルアニメ『超かぐや姫!』は、2時間22分を「あっという間」と感じさせるほどの熱量で走り抜けるアニメ映画です。1クールのアニメシリーズを凝縮した内容であり、後半は駆け足感は確かにありました。それは物語の緻密さや心理描写の丁寧さよりも、映像の力・音楽の力・キャラクターの存在感で感動を与えることに全力を注いでいます。それが「エンタメ全振り」として批判にもなりますが、同時に「こんなものが見たかった」と言わせる強さの源でもあります。
ニコニコ動画でボカロ曲を聴いて育ち、初音ミクがステージに立つ時代に青春を過ごした人にとっては、特別な追体験になるでしょう。VTuber、推し活、配信文化が当たり前になった今、山下清悟という作り手がこのタイミングにこの作品を世に送り出した意義は大きいと感じました。





