映画の続編が前作を超えることはほとんどありません。それがシリーズとして続けば続くもではないでしょうか。そんな中で「続編の方が良かった」のが、本作『ヒックとドラゴン2(原題:How To Train Your Dragon 2)』です。
2010年に公開された前作『ヒックとドラゴン』は、クレシッダ・コーウェルの児童文学を原作とした心温まる冒険譚でした。ドラゴンを憎むヴァイキングの少年ヒックが、傷ついたドラゴン・トゥースと出会い、理解し合い、やがて種族の壁を越えた友情を築く。そのシンプルで力強い物語は、多くの人々の心を掴みました。
本作はその4年後に製作され、物語内でも5年の月日が流れています。前作が『E.T.』や『ブラック・スタリオン』にインスパイアされた「少年と動物(異星人)の絆」を描いたのに対し、本作は『バンビ』や『ライオン・キング』のような「成長と喪失の物語」へと舵を切りました。
成長の痛みを描く勇気
本作の核心は、ヒックの「大人になること」への葛藤でしょう。父ストイックは族長の座を息子に譲ろうとしますが、ヒックは自分がリーダーには向いていないと感じています。彼は冒険家であり、探検家であり、地図を描く夢想家です。村を率いる重責など、彼の性格には合わないのです。
この「自分の居場所がわからない」という悩みは、思春期から青年期への移行期にある全ての人に共通するものです。前作では、ヒックは「弱虫」から「英雄」へと変わりました。しかし本作では、英雄であることと、リーダーであることは別だと気づかされます。
そして、この成長物語を加速させるのが、母ヴァルカとの再会です。死んだと思われていた母が、実はドラゴンと共に生きていた──この設定は、ヒックに「もう一つの生き方」を示します。ヴァルカは人間社会を捨て、ドラゴンの世界で生きることを選びました。それは自由で、美しく、しかし同時に孤独な選択でもありました。

ヒックの母であるヴァルカは、ヒックの「未来の姿」かもしれない存在です。彼女との出会いを通じて、ヒックは自分の道を見つめ直すことになります。
避けられない別れと涙
本作を語る上で避けて通れないのが、ある主要キャラクターの「死」です。アニメーション映画で「死」を真正面から描くことは勇気のいる決断です。しかしディーン・デュボア監督は、そこから逃げませんでした。『ライオン・キング』でムファサが殺されたように、本作も「成長には喪失が伴う」という厳しい現実を描きます。
この喪失は、ヒックを決定的に変えます。彼はもはや、父の庇護の下で自由に冒険できる少年ではありません。責任を負い、決断を下し、人々を導かなければならない立場に立たされるのです。
この展開に対し、「子供向けアニメでやりすぎだ」という批判もありました。しかし私は、この勇気ある選択こそが本作を名作たらしめていると考えます。子供たちは、いつか必ず「別れ」を経験します。その時のために、物語を通じて疑似体験することには大きな意味があるのです。
キャラクターたちの成長と変化
主人公であるヒックは、前作から確実に成熟しています。冗談を言う余裕も出てきました。しかし同時に、重責に怯える脆さも残っています。この「完璧ではない英雄」としての描写が、ヒックを非常に人間的で共感しやすいキャラクターにしています。
アストリッドは、ヒックの恋人として、そして良き理解者として重要な役割を果たします。彼女は前作のような「気の強いヒロイン」から、一歩進んで「支える存在」へと成長しました。二人の関係性は、前作よりもさらに深まっています。
一方、サブキャラクターたちの出番が減ったのは残念な点です。スノットロウト、タフナット、ラフナット、フィッシュレッグスといった個性的な仲間たちは、前作では重要な役割を果たしましたが、本作ではほとんど背景に回っています。これは新キャラクター(ヴァルカ、ドラゴ、エレット)に尺を割いたためですが、ファンとしては少し寂しいところです。
トゥースに関しては、相変わらず愛らしく、勇敢で、ヒックの最良の友であり続けます。彼の表情の豊かさは前作以上で、時には猫のように、時には犬のように、そして時には誇り高きドラゴンとして振る舞います。ヒックとトゥースの絆は、言葉を超えた信頼関係として描かれ、本作の感情的な核となっています。
敵役ドラゴ・ブラッドヴィストの存在
ドラゴ・ブラッドヴィストは、本作最大の弱点であり、同時に必要悪でもあります。前作には明確な「悪役」がいませんでした。人間とドラゴンの対立は、無知と恐怖から生まれたものであり、理解し合えば解決できる問題でした。しかし本作では、あえて「純粋な悪」としてのドラゴを配置しています。
彼はドラゴンを憎み、支配し、武器として使役します。その動機は単純で、キャラクターとしての深みには欠けます。しかし、この「交渉不可能な敵」の存在が、ヒックの成長を促すのです。前作では「理解」で解決できましたが、今回はそうはいきません。時には戦わなければならない──その厳しい現実を、ドラゴは体現しています。
ドラゴの部下エレットは、より興味深いキャラクターです。当初は敵側にいる彼が、徐々にヒックたちに心を開いていく過程は、前作のテーマ「理解と共感」を引き継いでいます。

続編への期待と不安
本作のエンディングは、明らかに続編を意識したものです。ヒックは族長となり、バーク島は新たな時代を迎えます。しかし同時に、「ドラゴンたちはどこへ行ったのか?」という大きな謎が残されています。
原作者クレシッダ・コーウェルは、「ドラゴンの消滅」を物語の結末に据えることを考えていたと言います。ディーン・デュボア監督もこのアイデアを引き継ぎ、三部作を通じてその答えを描くことを目指しました。
本作を観終えた後、私たちは次作を待ち望む気持ちと、同時に終わってほしくないという矛盾した感情を抱きます。それは、このシリーズがいかに愛されているかの証でもあります。
実際、5年後の2019年に公開された『ヒックとドラゴン 聖地への冒険』は、このシリーズに美しい決着をつけました。しかし本作『ヒックとドラゴン2』は、単独で観ても十分に素晴らしく、同時に続きを切望させる力を持っています。
唯一の不満点
一つだけ不満を述べるとすれば、それは「一本で完結していない」ことです。本作は三部作の中盤として見事に機能していますが、単独の映画としてはやや物足りなさが残ります。大きな喪失の後、すぐに次の戦いへの準備が始まるため、感情の余韻に浸る時間がありません。
理想を言えば、本作と次作『聖地への冒険』を一日で連続鑑賞することをお勧めします。そうすることで、物語の流れが途切れず、感情の連続性が保たれます。
まとめ:涙の先に見える成長の光
アニメ映画『ヒックとドラゴン2』は、続編が前作を超える稀有な例であり、アニメーション映画の金字塔の一つです。物語の深化と感情の豊かさのすべてが前作を上回っていました。
本作が何より素晴らしいのは、この映画が「成長には痛みが伴う」という厳しい真実から逃げなかったことです。大切な人との別れ、重すぎる責任、自分の限界との直面──これらは誰もが通る道です。本作は、それを美しく、悲しく、そして希望を持って描き切りました。
そしてヒックとトゥースの物語は、まだ終わっていません。ヒックとドラゴン 聖地への冒険 があなたを待っています。






