映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は、Netflixが4億5000万ドルという破格の契約で獲得した続編シリーズです。この契約は、映画業界に大きな衝撃を与えました。前作が劇場公開で大成功を収めたにもかかわらず、続編がストリーミング配信に移行したのです。
そして2025年にNetflixはワーナー・ブラザーズの買収のニュースもあり業界の中心にいることがわかります。
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ストリーミング時代の新たなミステリー・フランチャイズ
2022年12月23日、本作はNetflixで全世界同時配信されました。わずか1週間の限定劇場公開を経て、すぐにストリーミングに移行するという戦略は、当時としては画期的でした。この決断には賛否両論がありましたが、結果として本作は配信開始から最初の週末だけで8200万世帯以上が視聴し、Netflix史上最も視聴されたミステリー映画となりました。
劇場公開を望む映画ファンからは批判の声も上がりましたが、Netflixの戦略は明確でした。グローバルな配信プラットフォームを活用することで、従来の劇場公開では到達できなかった世界中の観客にリーチできるのです。実際、本作は世界93カ国で同時配信され、前作が劇場公開で段階的に広がっていったのとは異なる、まったく新しい視聴体験を提供しました。
ライアン・ジョンソン監督自身も、この新しい配給形態について前向きな姿勢を示しています。「劇場で観る体験は特別だが、より多くの人々にこの物語を届けられることも素晴らしい」と彼は語っています。実際、Netflixの潤沢な予算によって、本作は前作以上に豪華な美術とキャスティングを実現しました。
2025年配信予定の第3作へ
シリーズの成功を受けて、2025年に第3作『Wake Up Dead Man: A Knives Out Mystery』が配信されます。ジョシュ・オコナー、ジェレミー・レナー、グレン・クローズ、ケリー・ワシントン、アンドリュー・スコットといった豪華キャストが集結し、探偵ブランの新たな冒険が描かれます。
このシリーズが確立したフォーマットは、探偵ブランを中心としながらも、毎回まったく異なる舞台、キャスト、トーンを提供するというものです。ライアン・ジョンソン監督は、このシリーズを「現代版のポワロ」として位置づけており、Netflixの長期的なコミットメントのもと、さらなる展開が期待されています。

億万長者の愚かさを標的にした痛快な風刺劇
映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は、ライアン・ジョンソン監督の新たな挑戦が始まっていました。前作で古典ミステリーの形式を巧みに利用した彼は、本作ではその矛先を現代社会の富裕層に向けたのです。
現代の「愚者たち」を描く舞台装置
舞台となったのは、ギリシャのプライベートアイランドを模したセット。美術チームは、Netflixの潤沢な予算を活用し、これまでのキャリアで最も豪華絢爛なセットを作り上げました。水面から浮上するバンクシー作のアート・ブリッジ、ロボット執事、そして文字通りの巨大なガラスのタマネギ──すべてが、富裕層の度を越した贅沢を象徴しています。
ジョンソン監督は、この豪華なセットを単なる背景として使うのではなく、物語のテーマそのものとして機能させることを意図していました。撮影初日、キャストとスタッフ全員が集まった際、監督はこう語りました。「この島は、富の愚かさを視覚化したものだ。見た目は豪華だが、その実、何も意味がない。それが今回の物語の核心だ」
アガサ・クリスティーが描いた社会批評の系譜
脚本執筆の段階で、ジョンソン監督はアガサ・クリスティーの代表作を改めて読み返しました。彼が注目したのは、クリスティーの作品が常に、その時代の社会問題を反映していたという点です。『オリエント急行殺人事件』は正義と復讐を、『ナイルに死す』は植民地主義を、『そして誰もいなくなった』は罪と罰を扱っていました。
「クリスティーは、単なる謎解きを書いていたのではない」とジョンソンは語ります。「彼女は常に、その時代の社会を映し出す鏡として、ミステリーを利用していた。私もそれに倣いたかった」
前作が移民問題と階級主義を扱ったのに対し、本作は経済格差とテック業界の問題児たちを標的にしています。上院議員候補、愚かなファッションデザイナー、男性至上主義者のストリーマー、巨大テック企業で働く科学者、そして風変わりな億万長者──彼らは皆、現代社会に実在する人物の戯画化です。
ジャネール・モネイが魅せる、物語の核心
映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』において、最も印象的な演技を見せたのは、間違いなくジャネール・モネイでしょう。
音楽界のアイコンから女優への飛躍
ジャネール・モネイは、グラミー賞にノミネートされた経験を持つ世界的なアーティストです。彼女のSpotifyアーティストページでは、”Tightrope”や”Make Me Feel”といった代表曲を聴くことができます。アフロフューチャリズムとソウル、ファンク、R&Bを融合させた独自の音楽スタイルで知られる彼女は、映画界でも着実にキャリアを積み上げてきました。
『ムーンライト』(2016年)でアカデミー賞作品賞を受賞した作品に出演し、『ドリーム』(2016年)では実在のNASA数学者メアリー・ジャクソンを演じ、その演技力を証明しています。
複雑な役柄への挑戦
ジャネール・モネイが演じるのは、マイルズの元ビジネスパートナー、アンディ。しかし、それだけではありません。物語の中盤で明かされる驚愕の真実によって、彼女の役柄は一変します。ネタバレを避けるため詳細は伏せますが、モネイは実質的に二つの異なる人物を演じ分けています。
前作のアナ・デ・アルマスとの共通点
前作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』では、アナ・デ・アルマス演じる看護師マルタが、物語の真の主人公でした。今回、その役割を担うのがジャネール・モネイです。
両作品に共通するのは、探偵ブランが事件を解決するだけでなく、もう一人の主人公が正義を取り戻すために戦うという構造です。前作のマルタは移民として不当な扱いを受けていました。今回のアンディもまた、不正義に苦しめられた人物です。
ジョンソン監督は意図的に、この構造を維持しました。「ブノワ・ブランは探偵として謎を解くが、真の主人公は常に、不正義と戦う人物だ」と彼は説明します。「彼らこそが、物語の感情的な核心なのだ」
撮影を通じて、モネイはこの役割を見事に体現しました。彼女の演技は、物語に深い感情的な重みを与え、単なる謎解き以上のものへと昇華させています。
ダニエル・クレイグが掘り下げる、探偵ブランの人間性
前作で鮮烈なデビューを飾った探偵ブノワ・ブランが、本作ではさらに立体的なキャラクターへと進化しました。本作は、ダニエル・クレイグが前作以上にこの役柄に没入し、探偵の内面を掘り下げていく様子が見られました。
南部訛りの探偵が直面する、億万長者の世界
前作では、ブランの私生活はほとんど描かれませんでした。しかし本作では、彼の日常生活が少しだけ垣間見えます。特に印象的なのは、パンデミック中のロックダウンで退屈し、オンラインゲーム『Among Us』をプレイしているシーンです。
クレイグはこのシーンについて、「ブランを単なる天才探偵ではなく、普通の人間として描くことが重要だった」と語ります。撮影では、彼のアドリブが多く取り入れられ、キャラクターに新たな深みを与えました。
また、億万長者マイルズの世界に足を踏み入れた際の、ブランの違和感も効果的に描かれています。彼は明らかに、この極端な富の世界に馴染んでいません。豪華な屋敷や高価なアート作品に囲まれながら、彼は時折、場違いな存在のように見えます。
この「魚が陸に上がったような」感覚は、意図的に演出されたものです。撮影中、ジョンソン監督はクレイグに、「ブランは頭は切れるが、この世界には属していない」と指示しました。この演出が、探偵ブランをより親しみやすいキャラクターにしています。
探偵としての限界と葛藤
本作では、探偵ブランの内面的な葛藤も描かれます。彼は真相を解き明かすことはできますが、それが必ずしも正義をもたらすとは限りません。「探偵は、システム全体が間違っている時、一体何ができるのか?」この問いが、ブランを悩ませます。
「私は愚かなことが苦手だ」とブランは作中で語ります。この台詞には、単なる謙遜以上の意味があります。彼は、自分の知性が必ずしも正義をもたらさないことを理解しています。それでも、真実を追求し続ける──この姿勢が、探偵ブランを魅力的なキャラクターにしているのです。
豪華キャストが体現する現代の愚者たち
本作は、実力派俳優たちが「現代社会の縮図」を体現する挑戦に情熱的に取り組んでいました。エドワード・ノートンは、テック業界の億万長者マイルズ・ブロンを演じ、彼が表現したのは、天才の仮面を被った「虚飾に満ちた愚者」です。それは他人のアイデアを盗み、金と権力で周囲を黙らせる人物なのです。

またケイト・ハドソンが演じるファッションデザイナーのバーディは、本作で最も笑えるキャラクターの一つです。「スウェットショップって何?」と無邪気に尋ねます。彼女は、SNSインフルエンサーの無知を嫌味なく演じることに成功し、観客を笑わせながらも、現実社会への鋭い批判を提示しているように感じました。
そしてデイヴ・バウティスタは、筋肉質のストリーマー、デュークに意外な繊細さを加えました。表面的には乱暴で攻撃的ですが、彼が内面的な脆さを丁寧に表現する様子が見られました。特にガールフレンドとの関係における嫉妬のシーンでは、思いがけない深みを見せています。
キャサリン・ハーン、レスリー・オドム・Jr、ジェシカ・ヘンウィックといった実力派たちも、それぞれの役柄に独自の解釈を加えました。撮影を通じて、俳優たちは互いに刺激し合い、現代社会の異なる側面を代表するキャラクターたちに命を吹き込んでいったのです。
視覚的快楽と知的な構造が織りなす二重の楽しみ
映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は、二つの野心的な挑戦が同時に進行していました。一つは、Netflixの潤沢な予算を活用した豪華絢爛な美術デザイン。もう一つは、観客を何度も驚かせる、計算された脚本の構造です。
Netflixマネーが生み出す過剰ともいえる視覚情報
プライベートアイランドのセットは、それはまさに視覚的な饗宴です。水面から浮上するバンクシー作のアート・ブリッジ、AI搭載のロボット執事、巨大なガラスのタマネギ型の建造物などのすべてが高価で派手ですが、同時に趣味が悪く感じてしまいます。この視覚的な不調和が、マイルズの空虚さを見事に表現しています。
最も印象的なのは、モナリザを巡るプロットです。作中で、マイルズは実際のモナリザを所有しており(ルーブル美術館から一時的に借り受けたという設定)、それを自分の屋敷に飾っています。この設定は、富裕層が芸術作品を「所有物」として扱う傲慢さを風刺しています。撮影現場では、この場面を撮影する際、スタッフ全員が贅沢の極みを目の当たりにし、同時にその虚しさを感じていました。

パンデミック時代を巧みに取り入れた時代設定
本作は、COVID-19パンデミック中に設定されています。この時代設定は、単なる現実感を出すためだけではなく、登場人物たちのキャラクターを明確にする役割を果たしています。
冒頭のシーンでは、各キャラクターがパンデミック中にどのように過ごしていたかが描かれます。クレアは真面目にロックダウンを守っていますが、デュークは自宅でパーティーを開催しています。この対比が、彼らの性格と社会的責任感の違いを端的に示します。
さらに印象的なのは、ブノワ・ブラン探偵がオンラインゲーム『Among Us』をプレイしているシーンです。撮影現場では、実際に俳優たちがこのゲームをプレイし、その様子が撮影されました。このシーンは、パンデミック中の退屈さと孤独を象徴的に表現しています。
物語の中盤で明かされる驚愕の真実
本作の最大の特徴は、物語の中盤──正確には上映時間の半分を過ぎたあたりで、観客に対して重要な情報が開示される点です。脚本執筆の際、ジョンソンは何度もこの構造について検討しました。「観客を驚かせるだけでなく、もう一度最初から映画を見たくなるような仕掛けを作りたかった」と彼は語ります。
編集室では、この転換点を最大限に効果的にするため、何度も試行錯誤が繰り返されました。編集チームは、前半のシーンに細かな伏線を散りばめ、後半で再び同じシーンを別の角度から見せることで、観客に「ああ、あのシーンはこういう意味だったのか!」という気づきを与えます。
「ガラスのタマネギ」が象徴する多層構造
作品のタイトルである「ガラスのタマネギ(Glass Onion)」は、物語の構造そのものを表していルトも言えます。タマネギは何層にも重なっていますが、ガラスでできているため、すべての層が透けて見えます。つまり、真実はすでに目の前にあるのに、私たちは気づかないのです。
真相は複雑に見えますが、実際には単純です。それは、愚かさなのではないでしょうか。マイルズ・ブロンは天才のように見えますが、実際には何も持っていません。彼の成功は、他人から盗んだものでできています。この「空虚さ」こそが、物語の核心なのです。
より大胆で、より怒りに満ちた続編
映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は、前作と比較して明確に異なる方向性を持っています。前作が「軽やかさ」を持っていたのに対し、本作は「より面白く、より怒りに満ち、より複雑」です。
コメディと風刺のバランス
前作『ナイブズ・アウト/名探偵と刃の館の秘密』は、古典ミステリーへのオマージュと現代的なひねりを巧妙に組み合わせた作品でした。移民問題や階級主義といった社会的テーマは確かに存在しましたが、それらは物語の背景として機能していました。
しかし本作では、社会風刺が前面に出ています。ライアン・ジョンソン監督は、もはや遠慮することなく、現代社会の富裕層を標的にしました。撮影前のインタビューで、彼はこう語っています。「前作では控えめだったが、今回は遠慮する必要を感じなかった。私たちは毎日、愚かな富裕層のニュースを見ている。彼らを笑い者にする時が来た」
この姿勢は、作品全体に反映されています。登場人物たちは、現代社会に実在する「タイプ」の戯画化です。テック業界の問題児、SNSインフルエンサー、男性至上主義者のストリーマー──彼らは皆、私たちが日常的に目にする存在です。

より強化されたコメディ要素
本作は、前作よりもコメディ要素が強化されています。撮影現場では、俳優たちのアドリブが多く取り入れられ、笑いのシーンが増えました。
特に印象的なのは、ケイト・ハドソンの演技です。彼女のキャラクター、バーディは愚かですが憎めない魅力を持っています。彼女が無邪気に問題発言をするたびに、観客は笑いながらも、現実の世界でこのような人物が実際に影響力を持っていることに気づかされます。
また、デイヴ・バウティスタのキャラクターも、意外なコメディ要素を持っています。筋肉質で攻撃的な外見とは裏腹に、彼は深い不安を抱えており、その不安が時折コミカルに表現されます。
まとめ:前作を超える野心作にして、痛快な社会風刺
映画『ナイブズ・アウト:グラス・オニオン』は、前作の成功を踏まえながらも、明確に異なる方向性を打ち出した意欲作です。ダニエル・クレイグの更なる深化、ジャネール・モネイの圧倒的な存在感、実力派キャストによる熱のこもった演技──すべてが前作以上のレベルで機能しています。
ライアン・ジョンソン監督は、ミステリーというジャンルを使いながら、現代社会の富裕層を痛烈に批判しました。経済格差、テック業界の問題、SNSの弊害などこれらのテーマが、エンターテインメントとして昇華されたともいえるのはないでしょうか。
前作が古典ミステリーへの敬意を示した作品だとすれば、本作は現代社会への挑戦状です。「ガラスのタマネギ(Glass Onion)」というタイトルが示すように、真実はすでに目の前にあります。富裕層の愚かさ、経済格差の不正義、システムの腐敗があり、それらはすべて透けて見えているのです。しかし私たちは、それに気づかないふりをしているのです。
Netflixオリジナル作品として配信された本作は、ストリーミング時代における高品質なミステリー・エンターテインメントの新たな可能性を示しました。劇場公開を経ずとも、世界中の観客に届けられる作品の力。そして2025年に配信予定の第3作への期待がありブノワ・ブラン探偵の冒険は、まだまだ続きます。




