映画「ノースマン 導かれし復讐者」は、何といってもその圧倒的な映像体験にあります。エガース監督と撮影監督ジャリン・ブラシュケのコンビが生み出す映像は、泥と血にまみれたバイキングたちの世界が、驚くほどの臨場感で画面に蘇ります。
特に印象的なのは、村を襲撃するワンカット的な長回しシーンです。熊の毛皮を被った戦士たちが雄叫びを上げながら敵村に突進し、斧を振り下ろし、炎に包まれた家屋から悲鳴が響きわたるこのシーンの生々しさは、観る者を一瞬でバイキング時代の戦場に引きずり込みます。CGに頼った派手な演出ではなく、実際の肉体と鋼鉄がぶつかり合う音と衝撃が、画面越しにも伝わってくる迫力は見事というほかありません。
ただこのシーンが観れるかどうかで本作の評価が決まるといってよいでしょう。はっきりいうと血などが生々しすぎて、苦手な人はダメな人はだめです。
そして主演のアレキサンダー・スカルスガルドの肉体改造ぶりも特筆すべき点でしょう。身長193cmの長身に、まさに神話の戦士を思わせる筋骨隆々の体躯。彼が画面に現れるだけで、野性と暴力が支配する世界の空気感が一変します。『トゥルーブラッド』での二枚目イメージを完全に脱ぎ捨て、原始的な復讐心に燃える戦士を体現した演技は圧巻です。
神話と現実が交錯する幻想世界
エガース監督の真骨頂は、歴史的リアリティと神話的幻想を絶妙にブレンドする手腕にあります。本作でも、骨と血で彩られた現実世界の中に、突如として超自然的なビジョンが挿入されます。
そして印象深いのは、ビョークが演じる盲目の巫女のシーンです。羽根飾りを頭に載せ、神託を告げる彼女の姿は、まさに古代北欧の神秘主義そのもの。また、アムレスの心臓から青く光る血管状の家系樹が伸びていく幻想的映像は、運命に縛られた男の宿命を美しくも恐ろしい形で表現しています。
音響面でも、ロビン・カロランとセバスチャン・ゲインズバラが手がけた楽曲は秀逸です。古代楽器の響きと現代的な電子音響を組み合わせた音楽は、太古の闇から響いてくるような原始的な恐怖と神秘を演出しています。特に戦闘シーンでの金属音と雄叫びが混じり合う音響設計は、まさに「聴覚的暴力」とでも呼ぶべき迫力です。
豪華キャストが織りなす人間模様
スカルスガルド以外のキャストも、それぞれが印象的な演技を見せています。アニャ・テイラー=ジョイが演じる奴隷の魔女オルガは、可憐な外見の裏に復讐心を秘めた複雑なキャラクター。エガース監督作品の常連である彼女は、今回も監督の求める繊細さと狂気を兼ね備えた演技で観客を魅了します。
またニコール・キッドマンの母后グドルン役も見逃せません。限られた出番ながら、息子への愛情と生存本能の間で揺れる女性の複雑さを、ベテランらしい深みで表現しています。特に終盤で明かされる彼女の「真実」は、単純な善悪二元論を超えた人間の業の深さを感じさせる、本作屈指の名演技でした。
叔父フヨルニル役のクラース・バンも、単なる悪役を超えた陰影を持つキャラクターとして印象的です。権力欲に駆られながらも、どこか哀愁を漂わせる彼の演技は、復讐劇に深みを与える重要な要素となっています。

復讐の呪いを継ぐ男:血と土に塗られたヴァイキングの魂の叫び
古典的復讐劇を「野性」で再構築
本作は、アレクサンダー・スカースガード演じるアムレス王子の血塗られた復讐の旅を描いた大作です。その原典が、12世紀のデンマークの歴史家サクソ・グラマティクスが記録した「アムレス伝説」だという点だけでも、この物語の持つ重厚さが伝わってきますね。この伝説は、あのシェイクスピアの悲劇『ハムレット』の原型としても知られています。
原作の「アムレス伝説」では、狂気を装いながら叔父への復讐を成し遂げ、最終的に王座を取り戻すという「痛快な復讐譚」として描かれています。エガース監督は、この古典的な物語に、北欧神話の冷たい風を吹き込み、特異な映像体験へと昇華させています。
物語の骨子は「復讐の誓い」「修行と成長」「帰郷と復讐の実行」という、ハリウッドでよく見られる三幕構成を非常にシンプルに踏襲しています。この分かりやすさが、大作として多くの観客を招き入れるための入り口となっているのは確かです。
しかし、そのシンプルさが、批評家としての視点から見ると単調さを招いているのも事実です。中盤以降、アムレスの復讐心が一途すぎるがゆえに、物語の展開に起伏が少なくなってしまう印象は否めません。熱狂的な復讐心が観客の心をつかむ一方で、「次はどうなる?」というサスペンス要素が若干薄まってしまったのは、もったいなかったと感じました。
エガース監督の個性が大予算の制約と戦った先に
監督の前作、異様な世界観で私たちを魅了した『ウィッチ』や『ライトハウス』が持っていた、あのゾクゾクするような「解釈の余地」や「不気味な謎めいた要素」が、本作では大作ゆえの「分かりやすさ」の要求によって薄まってしまったように感じられて、少し残念に思います。
監督自身が「最もエンターテインメント性の高いエガース映画」と語っているように、その意図は理解できますし、事実、戦闘シーンの迫力は圧巻です!しかし、その引き換えに、彼独特の「奇怪さ」や「狂気」といった個性が後退してしまった感は否めません。映像のディテールや美術へのこだわりは健在ですが、あの得体の知れない畏怖の念は、やや影を潜めてしまいました。
時代の価値観を拒否した挑発的な姿勢
興味深いのは、本作が現代の映画でありながら、現代的な価値観を意図的に排除しようとしている点です。女性の地位、暴力への批判、多様性といった、現代社会が重視する視点は、あえて脇に置かれています。純粋に9世紀のヴァイキング社会の価値観だけで物語が構築されているのです。
これは、歴史的なリアリズムを追求した誠実なアプローチだと評価できますが、同時に、現代の観客への問題提起や社会批評の機会を放棄したとも捉えられます。特に、アニャ・テイラー=ジョイ演じるオルガや、ニコール・キッドマン演じるグドルンなど、女性キャラクターは非常に印象的ではあるものの、物語における主体的な役割は限定的です。現代の観客にとっては、この点で物足りなさを感じるかもしれません。しかし、その徹底した「時代錯誤の魅力」こそが、本作を他のヴァイキング作品から際立たせている要因とも言えるでしょう。
炎と血に描かれた壮大な絵画
映画「ノースマン 導かれし復讐者」の映像表現は、まさに五感を刺激するレベルです。アムレスの筋肉美が体現する「獣的な魅力」と、その背景に広がるアイスランドの荒涼とした風景が見事にマッチしています。
炎と血で彩られた戦場、雪と氷に覆われた北欧の荒野、火山の溶岩で照らされる最終決戦の舞台──これらの映像は、まさに「絵画的」という言葉がふさわしい美しさです。特に、モノクロームに近い暗い画面に、炎の橙色だけが鮮烈に映える色彩設計は見事で、観る者の視覚に強烈な印象を残します。

また、実物の剣や斧を使用した殺陣の迫力も特筆すべき点です。CGIに頼った軽薄なアクションシーンが氾濫する現代において、金属と肉体がぶつかり合う重厚な手応えは、アクション映画の原点を思い出させてくれる価値ある体験と言えるでしょう。
泥、汗、血、そして北欧の冷たい光――こうした原始的な要素が、観客の心に強く焼き付きます。音楽もまた効果的で、神話的な儀式の場面では、まるで古の呪詛のようなサウンドが心を揺さぶります。「復讐の炎」がそのまま映像になったかのような、視覚的な迫力に満ちた作品です。
まとめ:野蛮美が放つ原始の輝き
映画『ノースマン 導かれし復讐者』は、確実にエガース監督の代表作の一つとして記憶されるであろう問題作であり、傑作のアクション映画です。物語の構成や現代的視点の欠如など、批評すべき点は確かに存在しますが、それらを補って余りある映像的迫力と独特の美学を持った作品でもあります。
この映画が提示する「野蛮美」は、文明化された現代社会に生きる我々が忘れかけている「原始的な生命力」を呼び覚ます力を持っています。血と汗と泥にまみれた生々しい人間の姿は、スマートフォンの画面越しに世界を見つめる現代人にとって、強烈な現実感を与えてくれるでしょう。
賛否両論を呼ぶことは間違いない作品ですが、映画史に確実にその名を刻む、見逃せない一本です。特に、映像美とアクションを重視する映画ファンにとっては、必見の価値ある作品と断言できます。