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バビロン(2021):デイミアン・チャゼル監督が描く極彩色のハリウッド地獄絵図

Score 3.2

『ラ・ラ・ランド』でアカデミー監督賞を史上最年少で獲得したデイミアン・チャゼル監督の新作は、観客を二度見させる問題作となりました。サイレント映画から発声映画への移行期を、あまりにも下品で悪趣味に描いた「低俗ブラックコメディ版『雨に唄えば』」とでも呼ぶべき作品です。しかし、この「下品」「汚い」という表現が、本作にとっては褒め言葉になってしまうほどの確信犯的な悪意とパワフルさを持っています。

原題
Babylon
公式サイト
https://www.paramountmovies.com/movies/babylon

© 2022 Paramount Pictures.

監督
登場人物
ジャック・コンラッド

Actor: ブラッド・ピット

他の作品:

サイレント時代の大スター。豪放で慈悲深いが時代の変化に翻弄される。

ネリー・ラロイ

Actor: マーゴット・ロビー

他の作品:

野心的で奔放な若手女優。クララ・ボウ等のイメージを想起させる存在。

マニー・トレス

Actor: ディエゴ・カルバ

メキシコ移民の青年。夢を抱きハリウッドで出世していく。

配給会社

ここがおすすめ!

  • 確信犯的な悪趣味さ
  • 圧倒的な音楽とスピード感
  • 映画史への複雑な愛憎

あらすじ

1926年のハリウッド。メキシコから夢を抱いてやってきた青年マニー(ディエゴ・カルバ)は、同じくハリウッドスターを夢見る野生児ネリー(マーゴット・ロビー)とあるパーティーで出会います。そこには映画スター、ジャック・コンラッド(ブラッド・ピット)やトランペット奏者シドニーの姿もありました。物語は主にこの4人を軸に、20年代から30年代にかけてのハリウッドの激動期を描く群像劇として展開されます。

出典(公式): Paramount の作品ページ("Watch Babylon | Now on Digital" 等)

映画「バビロン(2021)」を語る上で避けて通れないのは、圧倒的な下品さでしょう。映画は文字通り「お尻の穴」で始まり「お尻の穴」で終わります。「何を言っているのだ?」と疑問に思われた方、本当にそう終わるのです。冒頭から視聴者に排泄物をぶつけ、「真面目に見るのは諦めよ」と映画自らが宣言するような明確な悪意を持って幕を開けるのです。

この冒頭は本当に衝撃的で、ある意味では潔い開幕です。この段階から、本作がサイレント映画時代に対する敬意よりも、確信犯的な茶化しに重きを置いていることが明確に伝わってきます。

画像 BABYLON | Official Teaser Trailer (Uncensored) – Brad Pitt, Margot Robbie, Diego Calva より抜粋

チャゼル監督は様々な映画史の書籍をリサーチしたとインタビューで語っていますが、正直なところ時代考証をしっかり反映しているようには見えません。登場人物たちはとても当時の人には見えず、劇中で撮影されるサイレント映画も、単なる白黒映像としか思えない出来栄えです。

チャゼル監督とハーウィッツとの黄金コンビ

映画「バビロン(2021)」を支える最大の武器は、間違いなくジャスティン・ハーウィッツによる音楽でしょう。チャゼル監督と学生時代からタッグを組んできた彼が作り上げたスコアは、本作に命を吹き込んでいます。

冒頭のパーティーから繰り返される「ヴードゥー・ママ」は、頭にこびりつくブルースナンバーとして視聴者を煽り続けます。まさに「バビロン祭り」とでも呼ぶべき、どこか土着的な宗教の祭典のような高揚感を演出し、作品のスピード感とテンションを極限まで高めています。このスコアによって駆け抜ける3時間は、マーティン・スコセッシの『ウルフ・オブ・ウォールストリート』や『グッドフェローズ』にも匹敵するスピード感を実現しており、体感時間は実際の上映時間よりもはるかに短く感じられました。

「穴」というモチーフが象徴するハリウッドの魔力

そして音楽と並んで印象的なのが、チャゼル監督が全編を通じて対応させる「穴」というモチーフです。カメラのレンズトランペットの穴、そして冒頭と終盤の2つのお尻の穴まで、様々な円形の穴に吸い込まれるようなカメラワークが印象的に使われています。

特に印象深いのは、カメラが何度もシドニーの演奏するトランペットに吸い込まれていくシーンです。真ん中が空いた円は、スターたちのどこか空虚さを意識させながら、それは同時にハリウッドの魔力に引きつけられる吸引力を視覚化しているようでした。

この「穴に吸い込まれる」イメージは、『ラ・ラ・ランド』の夢のシークエンスや、監督が学生時代にジャスティン・ハーウィッツと作った処女作『ガイ&マテリン・パーク・ベンチのダンス』から続く高速パンと合わせて、チャゼル監督のキーイメージとなっています。視聴者をハリウッドという夢の世界に吸い込んでいく、この映像的な仕掛けが作品の疾走感を効果的に強化しているのです。

時代を象徴する女神とスターの誕生

マーゴット・ロビーが体現する時代の女神

本作の中心に君臨するマーゴット・ロビー演じるネリーは、複数のサイレント時代の女優たちを掛け合わせて作られた、時代を象徴する集合体的キャラクターです。パンフレットにはクララ・ボウがモデルと記載されていますが、監督のインタビューによれば、実際にはクララ・ボウに加えて、アルマ・ルーベンス、ジーン・イーグルスなど、様々な実在の女優の要素を組み合わせた存在として描かれています。

野生児的な踊りで最強の存在感を見せるマーゴット・ロビーは、まさに「最高ではなかった時はない」と言える完璧な演技を披露しています。彼女なしでは、この3時間の視聴時間は相当きつかったでしょう。作品のスピードを支えるジャスティン・ハーウィッツのビートと、マーゴット・ロビーの肉体的な存在感によって、本作は救われていると言っても過言ではありません。

この役柄は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』での時代を象徴する純粋無垢な存在としての役柄にも通じる、象徴的なキャラクター造形となっています。時代の女神として、バビロン祭りの中心で踊り続けるマーゴット・ロビーの姿は、本作の混沌とした世界に唯一の輝きをもたらしているのです。

ディエゴ・カルバという新星の誕生

本作の唯一無二の功績は、ディエゴ・カルバ(Diego Calva)という俳優をスターに押し上げたことかもしれません。マニーとしての彼の表情、特にラストシーンでの演技には心を打たれるものがありました。

夢を追ってハリウッドにやってきた青年が、マヌエルという本名を捨て、メキシコ出身であることを隠してスペイン出身と嘘をつき、自らのアイデンティティを食われながらも、最終的に「より大きなものの一部」になっていたことを実感する瞬間。その喜びと哀しみが入り混じった表情は、本作が伝えたかったメッセージを雄弁に物語っていました。

映画史への愛憎 — リスペクトと茶化しが交錯する危険な綱渡り

映画「バビロン(2021)」は多くの映画史上の名作から影響を受けていることを隠しません。最も近いのはポール・トーマス・アンダーソン監督の『ブギーナイツ』でしょう。サイレント映画時代とポルノ映画業界という違いはあるものの、栄枯盛衰を描く群像劇としての展開はかなり『ブギーナイツ』から持ってきている印象があります。特に終盤の2つ目の「お尻の穴」に入っていくシークエンスは『ブギーナイツ』そのままで、本作の展開はかなりそこから借用しています。

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チャゼル監督が公言している参考作品は5本あります。1929年の短編『ブラック・アンド・タン』、D.W.グリフィスの『イントレランス』、マルセル・カルネの『天井桟敷の人々』、フェリーニの『甘い生活』、そしてスコセッシの初期作『ミーン・ストリート』です。

特に『甘い生活』との類似点は顕著で、田舎からローマにやってきたジャーナリストが上流階級の世界に浸ってどんどん堕落していく構造は、本作のマニーのビフォーアフターと完全に重なります。また、上から下へという物理的な構造も共通しており、冒頭は丘の上のパーティーから始まり、終盤は地下深くへと下降していく展開になっています。終盤のLAの「お尻の穴」に入るシーンでは、トビー・マグワイアに「もっと下、もっと下」と下の階に誘導されるという、象徴的な演出がなされています。

『ミーン・ストリート』からは、マニーとネリーの関係性が持ち込まれています。借金を積み重ねる親友を主人公が心配するが、それでも親友は裏切るような行動を繰り返すという構造です。

サイレント映画時代への問題あるアプローチ

しかし本作の最も問題視すべき点は、サイレント映画の現場をただ単に技術が遅れた原始的なものとしてデフォルメしていることです。映画史の書籍、特にケビン・ブラウンロウの『サイレント映画の黄金時代』などを読むと、当時の撮影・演出技術は極めて優れており、下手をすると現在より優れていると思えるような証言も多数記録されています。

チャゼル監督もこの書籍を読んでいるとインタビューで語っているにも関わらず、本作では撮影現場を茶化すコメディシークエンスが展開されています。サイレント映画の撮影をコメディのためにデフォルメしすぎており、まるで原始人のような野蛮なものとして描いているのです。

マニーとネリーが初めて映画制作のセットに行く序盤のシークエンス、2人が訪れた2つの現場を交互に見せていくこの疾走感は個人的に一番好きなシーンでしたが、同時にサイレント映画への茶化しが最も顕著に表れた部分でもありました。これは『俺たちニュースキャスター』シリーズのような低俗な茶化しにも近く、昨年話題になった『大怪獣の後始末』と比較してもリスペクトのなさが際立っています。

中盤からの劇的なトーン変化

ブラックコメディとして展開していく本作ですが、中盤のジャックの親友の死を境に、ジャンルが変わったかのように悲劇として展開していきます。それまで人の死をギャグとして描いていた作品が、積み重なる死体の山を悲劇的なものとして一変させるのです。

特にマニーとネリーの関係性は、『ミーン・ストリート』を彷彿とさせる展開を見せます。マニーは自由奔放なネリーを何とか更生させようと試みますが、そのたびに裏切られていくのです。

AIで作成したイメージ画像

終盤のネリーにはイライラさせられる視聴者も多いでしょうが、かつての女神はどうやっても昔の輝きを取り戻すことはできないという残酷な現実が描かれています。この関係性は『ラ・ラ・ランド』のミアとセブのラストとも重なり、チャゼル監督の得意とする「すれ違う恋人たち」の物語の系譜に連なるものです。

興行的失敗が物語る皮肉な現実

製作費約8000万ドルに対し、全世界興行収入は約5000万ドルという見事な惨敗を記録した本作は、奇しくも作品自体が「バビロン」になってしまったという皮肉な結末を迎えました。興行収入の数字が、本作のテーマを最も雄弁に語っているとも言えるでしょう。

D.W.グリフィスが『イントレランス』でバビロンの都を作り上げて興行的に失敗したように、チャゼル監督もまた現代の「バビロン」を作り上げて同じ運命を辿ったのです。これほどまでに作品のテーマと現実がシンクロした映画も珍しいでしょう。

まとめ:汚物まみれの中に見つける映画愛の本質

映画『バビロン』は間違いなく問題作です。下品で悪趣味で散らかっており、サイレント映画ファンが激怒して映画館を去っても仕方のない内容となっています。しかし同時に、これほどまでに映画という文化について考えさせられる作品も稀でしょう。

チャゼル監督が一貫して描く「夢のためには代償が必要」という強迫観念的な物語は、本作でも健在です。創造的な行為のために人生すべてを投げ打つ登場人物たちの姿は、『セッション』『ラ・ラ・ランド』から続く監督の主要テーマの集大成とも言えます。

汚物にまみれた表面的な下品さの奥に、映画という文化そのものへの複雑な愛情が隠されているのが本作の真の魅力です。夢を追う人々への乾杯として、そして映画文化の相馬灯として、この散らかった傑作は記憶に残り続けることでしょう。

食事をしながらの鑑賞は絶対に避けることをお勧めしますが、映画というメディアの本質について考えたい方には、ぜひ一度体験していただきたい問題作です。

各サイトのレビュースコア

『バビロン』の評価は批評家と観客の間で大きな乖離が見られます。Rotten Tomatoesでは批評家スコアが57%、観客スコアはさらに低い52%。一方でIMDbは7.1とまずまずの平均点を維持し、Filmarksでは3.9/5、映画.comでは3.5/5と日本の観客からはやや肯定的な評価を受けています。つまりアメリカ本国では「期待値が高すぎて賛否両論」となり、日本では「豪華な大作として楽しむ観客が多い」という温度差があるのです。

この乖離の理由は本作の内容にあります。デイミアン・チャゼル監督によるハリウッド黄金期へのオマージュは、3時間を超える長尺と過剰な演出によって、批評家からは「野心的だが散漫」と評され、一般観客からは「圧倒されたが疲れる」との声が多く上がっています。

プラットフォームごとの評価傾向とコメント抜粋

IMDb(7.1/10)

国際的に平均的な高めの評価。

“バウティスタは予想外に力強い演技を博していました。(Visually stunning and ambitious, but it drags on too long.)”

“マーゴット・ロビーの演技は圧倒的だ。(The performances, especially Margot Robbie, are electrifying.)”

Rotten Tomatoes(Critics: 57% / Audience: 52%)

極端な評価が集中。

批評家: “乱雑で甘ったれた叙事詩。過剰を深みと勘違いしている。(A messy, indulgent epic that mistakes excess for depth.)”

観客: “うるさすぎる、長すぎる、だが紛れもなく記憶に残る。(Too loud, too long, but undeniably memorable.)”

Filmarks(3.9/5)

日本の観客は映像体験を重視。

「マーゴット・ロビーの狂気的な演技に引き込まれた」

「過剰さが逆に魅力。映画愛を浴びる感覚」

映画.com(3.5/5)

やや辛口だが肯定的。

「長尺すぎて冗長だが、ラストのメタ視点に心を揺さぶられた」

「『ラ・ラ・ランド』を期待すると肩透かしだが、映画史に挑む姿勢は評価したい」

受賞歴・公開時期の影響

『バビロン』はアカデミー賞で美術賞を受賞し、複数部門でノミネートされましたが、作品賞などの大きな部門は逃しています。公開直後は「スキャンダラスで挑戦的な作品」として話題を集めましたが、長尺ゆえにリピート鑑賞が少なく、観客スコアは落ち着いて低めの水準に。対照的に映像美や俳優陣の熱演は時間が経つほど再評価される傾向にあります。

総合評価と映画の立ち位置

『バビロン』は観客向けの娯楽作品ではなく、映画史そのものに挑戦する批評家的な映画です。国際的には「過剰で議論を呼ぶ問題作」、日本では「批評性と娯楽性を両方持つ挑戦的な大作」と受け取られています。万人受けはしませんが、映画という芸術が持つ狂気と祝祭を極端な形で体現した作品として、今後も議論の対象になり続けるでしょう。

この映画の位置付けは「批評家寄りの問題作」であり、映像美と演技は絶賛されつつも、ストーリーテリングの冗長さが一般観客を遠ざける結果となりました。未来に振り返れば、賛否の激しさそのものが「映画史を語る一作」としての価値を裏打ちする可能性があります。

本ページの情報は 時点のものです。
各サイトの最新スコアは各々のサイトにてご確認ください。

このページではNetflix Jpで配信中のバビロンから執筆しました。

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このページは 時点のものです。
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