マーク・ウィリアムズ監督作品『ブラックライト』は、リーアム・ニーソンが70歳を超えてなお見せるアクションスターとしての存在感と、年を重ねた男性の人間的な魅力を同時に楽しめる作品でした。本作で彼が演じるのは、FBI長官直々に雇われた「フィクサー」ことトラヴィス・ブロックです。
極秘任務で危険に晒された潜入捜査官を救出し、身元を洗浄して新たな人生を歩ませる、いわば「影の清掃人」としての役割を担っています。
リーアム・ニーソンが魅せるキャラクターの二面性
映画『ブラックライト』で印象的なのは、トラヴィス・ブロックという人物の複層的な描写です。任務遂行時は冷静沈着で的確な判断を下すプロフェッショナルでありながら、プライベートでは孫娘ナタリーのお迎えを忘れたり、学芸会の約束を失念したりと、どこか抜けた一面を見せる愛すべき祖父でもあります。

ニーソン演じるトラヴィスは、建物に入ると瞬時に出口の数を確認し、常に周囲に対して異常なほどの警戒心を保つ、ある種の強迫神経症的な側面も持っています。これは長年の危険な任務が彼の精神に刻んだ傷跡とも解釈でき、単なるアクションヒーローではない、人間味あふれるキャラクターとして描かれているのです。
さらに印象深いのは、彼が抱える職業への葛藤です。これまで「正義のため」と信じて行ってきた非合法な手段による任務遂行が、本当に正しいことだったのか——そんな自問自答を繰り返しながら、普通の父親、祖父として穏やかな日常を取り戻したいと願う姿が丁寧に描かれています。
進化するアクションと変わらぬニーソンの魅力
アクション面では、さすがハリウッドの一流スタントチームが手がけただけあって、見応え十分の仕上がりとなっています。特にカーアクションシーンは『96時間』のパリでの名場面を彷彿とさせる緊張感と迫力を持っており、ダッジ・チャレンジャーを駆るトラヴィスの姿は実にクールです。
また終盤のアクションシーンでは、限られた空間内で身の回りにあるあらゆるものを武器として活用する戦闘が展開され、これは『イコライザー』のホームセンター・バトルを思わせる創意工夫に富んだ演出となっています。
リーアム・ニーソンのアクション映画といえば、やはり『96時間』シリーズの印象が強烈です。娘を救うために世界を相手に戦う父親の姿は、多くの観客の心を捉えました。本作でも家族愛がテーマの一つとして扱われていますが、『96時間』ほどのシンプルで力強いメッセージ性には及ばないというのが正直な感想です。
しかし70歳を超えたニーソンが見せるアクションには、若い頃のような派手な動きはありませんが、その分だけ知恵と経験を活かした戦術的な魅力があります。完璧なスーパーヒーローではなく、弱さや迷いを抱えた一人の男性として描かれることで、観客との距離感がより近くなったとも言えるでしょう。より人間臭いキャラクターとしての魅力は確実に存在し、これまでとは違った角度からニーソンの演技を楽しむことができます。
物語構成の弱さが全体の印象を削ぐ
しかしながら、本作はストーリー若干に難ありな印象でした。「国家を揺るがすFBIの陰謀」という壮大なテーマを掲げながら、その真相があまりにもあっさりと明かされて解決してしまうのです。正直にいうと観客としてはもう一捻り、もう一つの大きな展開を期待していただけに、やや拍子抜けの感は否めませんでした。
そして悪役の描写にも物足りなさを感じてしまいました。「倒したい」と思えるほどの憎たらしさや魅力的な悪のカリスマ性に欠け、なぜ一般市民を殺害するに至ったのかという動機の部分も曖昧なまま終わってしまいます。これでは、主人公が命を懸けて立ち向かう相手として、どうしても薄っぺらい印象を与えてしまうでしょう。
前半のカーチェイスシーンについても、通常であれば悪役に追われたり、逆に追跡したりする展開が自然ですが、本作では主人公が自らの行為を後悔し、それを阻止しようとする相手を追いかけるという、やや違和感のある構成になっています。街を破壊しながら暴走する姿も、正義のヒーローとしてはいささか疑問符がつく行動と言えるかもしれません。
まとめ:期待と現実の狭間で揺れる佳作
映画『ブラックライト』は、リーアム・ニーソンファンであれば間違いなく楽しめる作品でした。アクションシーンの迫力、主人公の人間的な魅力、そして70歳を超えてなお第一線で活躍するスターの存在感——これらは確実に本作の価値を高めています。
しかし一方で、ストーリーテリングの面では物足りなさが残り、「もったいない映画」という印象も拭えません。壮大なテーマを掲げながら、それを十分に活かしきれなかった感があるのです。
それでも、70歳を超えたアクションスターが見せる人間味あふれる演技と、職人技のようなアクションシーンは一見の価値があります。リーアム・ニーソンの映画キャリアにおける一つの到達点として、また彼の今後の作品への期待を込めて、静かに鑑賞したい作品です。