2023年にDCエクステンデッドユニバースの転換期に公開された『ブルービートル』は、多くの観客にとって馴染みの薄いヒーローを主人公としたかなりの挑戦的な作品でした。マーベル映画の隆盛とDC映画の迷走が続く中、果たしてマイナーヒーローは観客の心を掴むことができるのか。そんな疑問を抱きながら劇場に足を運んだ観客を待っていたのは、予想を上回る家族愛に満ちた物語でした。
『コブラ会』で注目を集めたショロ・マリドゥエニャが主演を務め、アンヘル・マヌエル・ソト監督がメガホンを取った本作は、既存のヒーロー映画の枠組みを借りながらも、ラテン系家族の絆という新鮮な視点で描かれています。
物語構造と演出の巧みさ
物語は、大学を卒業したハイメ・レイエスが故郷に戻り就職活動に苦戦するところから始まります。巨大軍事企業コード社が支配する格差社会の中で、偶然手にした古代の宇宙生命体「スカラベ」と融合し、ブルービートルとして覚醒する過程が丁寧で美しく描かれます。

序盤は残念ながら既視感のあるオリジンストーリーの定型に沿って進みますが、中盤以降は家族全員が物語に関わってくる構成が実に巧みです。ヒーロー一人の戦いではなく、家族総出でピンチを乗り越える展開は、『ワイルド・スピード』シリーズを彷彿とさせる迫力ある痛快さがあります。特におばあちゃんの戦闘シーンは、観客に強烈で可愛らしいインパクトでしたね。
キャラクター性と文化的背景
ショロ・マリドゥエニャの主人公ハイメは、等身大の青年として魅力的に描かれている。超人的な能力を得ても驕ることなく、家族を大切にする姿勢は好感が持てる。脇を固める家族キャラクターも個性豊かで、特に革命経験のあるおばあちゃんの存在感は圧倒的だ。
本作の最大の特色は、メキシコ系アメリカ人家族の文化的アイデンティティを丁寧に描いている点だ。家族の結束、移民としての誇り、貧困と格差への向き合い方など、社会的なメッセージも込められているが、説教臭くならない絶妙なバランスが保たれている。
SFとスーツヒーローのビジュアルデザインに見るマーベルとの差別化
映画『ブルービートル』を語る上で避けて通れないのが、マーベル作品との比較でしょう。テクノロジー系スーツを身に纏うヒーローという設定は、どうしてもアイアンマンやアントマンを連想させます。物語構造においても、企業との対立、成長する若きヒーロー、テック系スーツの習得といった要素は、残念ながら既視感を否めません。
しかし、本作が真に輝いているのは、これらの馴染みある要素をラテン文化というフィルターを通して再構築している点です。特に映像面での差別化は見事で、アイアンマンのスーツがCGで身体にフィットした滑らかで美しい質感を持つのに対し、ブルービートルのメタリックブルーの甲冑は明確に「着用している」重厚感があります。
マーベル作品がCGで作り上げる完璧なスーツとは異なり、どこか仮面ライダーや特撮ヒーローを思わせる無骨で親しみやすいデザインが、かえって新鮮に映ります。戦闘シーンでも、アイアンマンが予めプログラムされた兵器を展開するのに対し、ブルービートルは主人公の想像力次第で何でも作り出せるという設定が可愛らしく、子どもの頃の「ごっこ遊び」を思い起こさせる純粋な楽しさがあります。
物語のスケールにおいても、近年のMCU作品が多元宇宙や壮大な規模に向かう中、家族を救うという身近な動機に立ち返った点は実に新鮮です。小規模ながら心に響く物語は、初期の『アントマン』シリーズが持っていた温かみを思い起こさせます。CGクオリティは残念ながら最高水準とは言えませんが、むしろその特撮的な手作り感が作品の温かみを美しく演出し、マーベル作品にはない独特の魅力を生み出しています。この「不完璧さ」こそが、本作の最大の武器なのかもしれません。
課題と今後への期待
本作は課題が多々存在も見受けられました。まず敵役の描写が類型的で、特にヴィクトリア・コードの悪役ぶりは残念ながら分かりやすすぎる面があります。また、スカラベとの精神的な交流がもう少し深く描かれていれば、主人公の内面的成長がより美しく際立ったでしょう。
制作費の制約からか、一部のCGや戦闘シーンに物足りなさを感じる瞬間もありました。特に限られた宣伝予算のためか知名度不足となり、劇場での興行成績が伸び悩んだことも残念な点です(興行収入は330万ドル)。家族総出で活躍する構成は魅力的である一方、時として家族キャラクターが騒がしく感じられ、主人公ハイメの個人的な成長が埋もれてしまう瞬間もありました。

さらに、トーンの一貫性にも課題があります。シリアスなボディホラー的な変身シーンと、その直後のコメディタッチな家族の反応が噛み合わない場面があり、もう少し音楽や演出で統一感を持たせることができたでしょう。アクションシーンでも、マスクを着用した戦闘では既視感が強く、人間の表情が見える場面の方が魅力的に映るという皮肉な結果になっています。
しかし、これらの課題は作品の本質的な魅力を損なうものではありません。むしろ、こうした「粗削りさ」が本作の手作り感や温かみに繋がっている面もあり、完璧すぎるマーベル作品とは一線を画す個性として機能しています。
まとめ:新時代DCの希望の光
『ブルービートル』は完璧な作品ではないが、家族愛という普遍的なテーマを軸にラテン文化の豊かさと特撮的な楽しさを融合させた作品でした。
ジェームズ・ガンが手がける今後のDCU展開において、ブルービートルがどのような活躍を見せるのか。この青き甲冑の戦士が、暗くなりがちなスーパーヒーロー映画界に新たな光をもたらしてくれることを期待したい。時として、最も身近な愛こそが、世界を救う最大の力になるのかもしれない。