2008年に公開された映画『アイアンマン』から始まったマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)。「インフィニティ・サーガ」の最終局面となるフェイズ3の2作目にして、MCUとしては通算14作目として登場したのが、本作『ドクター・ストレンジ』です。マーベル・コミックの名物編集長だったスタン・リーがクリエイターの一人でもあるキャラクター、ドクター・ストレンジが満を持してMCUに本作から初参加しました。
ドクター・ストレンジ
天才外科医スティーブン・ストレンジが、交通事故で両手に障害を負った後、神秘的な力を習得して魔術師となるヒーローです。彼はカマー・タージで「エンシェント・ワン」に師事し、魔術の達人として成長。魔法のアーティファクト「アガモットの目」や「浮遊マント」を駆使し、多元宇宙や時間、空間の秩序を守る役割を担っています。

意外な英国の名優がMCU入り
映画『ドクター・ストレンジ』は、MCU作品としてラインアップされていながらも、プロジェクトの進行が後ろ倒しになっていました。それは主人公であるスティーブン・ストレンジを演じるベネディクト・カンバーバッチのスケジュールでした。「ストレンジ役を演じられるのはカンバーバッチしかいない」という制作陣は考えており、確実に彼をキャスティングするためにスケジュールを調整したのだそうです。
カンバーバッチはイギリス人俳優であり、古典舞台で地道にキャリアを築き上げた現代のイギリスを代表する名優の一人です。映像作品にも多く出演してきましたが、BBC作品や英国らしい映画作品が多かった印象です。大ブレイクを果たしたのは、BBCのテレビシリーズ『SHERLOCK(シャーロック)』で主人公シャーロックを見事に演じたのがきっかけでした。そんな英国俳優である彼がアメコミ作品に主演するというのは少し驚きでした。しかしながら、映画本編を見るとそのキャスティングは納得しかありません。プライドの高い外科医が事故をきっかけに悟りを開き、崇高な魔術師へと変貌していく様を演じられるのは彼しかいない、と制作陣が考えた理由が分かるほどに、役を自分のものにしていたと感じます。

さらに脇を固める俳優陣も意外でありながら豪華な演技派ぞろいです。ヒロイン役のレイチェル・マクアダムスは名だたる監督からのラブコールがやまない女優です。ストレンジの師であるエンシェント・ワンを演じるティルダ・スウィントンも、数々の賞に輝いている名優です。加えて、本作のヴィラン・カエシリウス役には、北欧の至宝として名高いマッツ・ミケルセンが起用されています。どの役者もアメコミとはすぐには結び付かなさそうな意外性があり、とても興味をそそられました。
万華鏡のような特殊効果映像
映画『ドクター・ストレンジ』は映像の面でも大きな特徴があります。特に印象的なのが、特殊効果であり万華鏡のような映像が展開されるミラーディメンションの表現です。酔いやすい人や頭が痛くなりやすい人には少しつらい映像だったかもしれません。しかしながら、パラパラと鏡が割れ落ちていくような映像や、画面が波打つような映像技術は、まさに圧巻です。惜しくもアカデミー賞は逃したものの、さまざまな賞で特殊効果部門に本作がノミネートしたのは納得です。
本作では魔術がテーマとなっているため、現実世界とは異なる世界を映像として作り出すことが求められています。その上で、場所だけでなく時空も超えた空間を作らなければいけません。まさに映像が物語の一部となって語りだすような展開は、『ドクター・ストレンジ』ならではだと感じさせられました。この本作らしさが、後に公開されたMCU作品とも良い差別化になっていますし、後発の「アベンジャーズ」シリーズでも個性として発揮できていたのではないかと感じました。

全体的にはマーベルらしい派手なバトルというか目が回るバトルの連続です。途中でのコミカルなシーンはすごく大好きです(浮遊マントとのやり取りは本当に面白いです)。
『ドクター・ストレンジ』から「アベンジャーズ」シリーズのクライマックスへ
映画『ドクター・ストレンジ』は、「アベンジャーズ」シリーズのクライマックスへの布石としてもよく機能していたと思います。本作は独立性が高いため、どのようにして他のMCU作品と共存していくのか、想像しづらい部分がありました。しかしながら、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』を見れば、ストレンジのようなキャラクターがMCUに必要な理由がよく分かります。時空的にも時限的にも多面的に物事を捉えられるストレンジは、インフィニティ・サーガだけでなくマルチバース・サーガにも重要なキャラクターで、フェイズ3という局面で登場するのは納得のタイミングでした。

単独の物語としては、あまりストレンジに好感を抱かない人も少なくないかもしれません。複雑なキャラクターであるため、理解するのが難しい側面もあると思います。けれども、彼のオリジンを紹介するにはちょうど良いサイズの映画に仕上がっていたのではないかと個人的には感じました。
ベネディクト・カンバーバッチという英国の名優を起用した映画『ドクター・ストレンジ』。アメコミらしからぬキャスティングでありながらも、演技派をそろえたことで演技面での見ごたえはたっぷりです。さらに、非常に高度なVFX技術で視覚効果面でも優れています。何より、ストレンジはMCUの二つのサーガのカギを握る人物でもあります。そんな彼のオリジン物語でありマーベルヒーローらしい迫力あるバトルアクションもありますが、映像に酔わないように注意しながら鑑賞してみてください。