映画「国宝」が「映画が100年に1本」と称され、伝統芸道の真意についても考察し、なぜこの作品が芸能映画としての傑作なのかを掘り下げました。 さらに、公開からの評判も気になるところです。公開から2ヶ月以上経っても徐々に口コミが広がり、実写の邦画では珍しい100億円以上の興行収入に近づこうとしています。このような長期にわたっての盛り上がりを見せる『国宝』を通しての歌舞伎の世界に、あなたも足を踏み入れてみませんか?この先の内容を読み進めれば、きっと映画『国宝』の魅力に引き込まれることでしょう。
三時間の陶酔、舞台とスクリーンの境界を越えて
映画「国宝」は三時間近い長尺にもかかわらず、時間の流れを忘れさせるほど濃密な映像と演技を体験できる時間でした。スクリーンを通して感じるのは、単なる物語ではなく、映画としての画面の凄みです。色、光、影、質感そして音響がひとつのカットごとに宿る緊張感があります。
作品は、なんといっても日本芸能への探究心と、それを表現するための演技の熱量だ。歌舞伎の所作、舞台転換の呼吸、楽屋での一瞬の視線――それらが積み重なり、日本の伝統芸能の奥深さをスクリーン越しに体感させてくれます。
しかしながらこの作品は観る者を選ぶことでしょう。人物関係や背景が掴みにくいとの声もある。原作ファンの中には、省略された人物や出来事に物足りなさを感じたという意見もあった。しかし、そうした観客でさえ「役者の芝居だけで十分に観る価値がある」と口を揃えるのだから、この映画が持つ熱量は揺るぎない。
映画『国宝』は、ただの文芸大作ではなく、伝統と現代、舞台とスクリーンそして音響、虚構と現実の境界線を揺らし、観客をその渦中へ引きずり込む体感型のドラマでした。
22年ぶりの100億越えの快挙
邦画史の新たなページとなりそうです。それは実写邦画としては、なんと22年ぶりとなる興行収入100億円突破しそうなのです。2025年は7月には200億越えとなっている「鬼滅」旋風の中で、実写邦画が22年ぶりの快挙はうれしいかぎりです。
100億越えの数字は最後にこの数字を達成したのは、2003年の『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』。以降、アニメ作品では次々と100億円の大台を超えるヒットが誕生してきたが、実写邦画に限れば長らく空白が続いていた。それだけに、『国宝』の到達は、いかに快挙であることがわかります。
これまでの100億越えの邦画(アニメを除く)
映画タイトル | 公開年 | 興行収入(億円) |
---|---|---|
踊る大捜査線 THE MOVIE2 レインボーブリッジを封鎖せよ! | 2003 | 約173.5 |
南極物語 | 1983 | 約110 |
踊る大捜査線 THE MOVIE | 1998 | 約101 |
筆者は原作ファンが未読であり、歌舞伎愛好家ではありませんでした。歌舞伎はあくまで学校で習った程度でした。そんな筆者でも「歌舞伎ファン」となってしまいそうになるほどの迫力がありました。そして筆者がスクリーンに行った時は周りに若年層、特に20代・30代の女性たちが劇場へ足を運ぶ姿がありました。これらの若い女性層の支持が現れたことが、ロングヒットの原動力と言っても良いのではないでしょうか。
映画『国宝』のあらすじと感動のストーリー
映画『国宝』は、壮大なストーリーを通じて、主人公である吉沢修一とその息子、俊介の運命を描いています。この映画は、歌舞伎の世界を舞台に、人生の試練を通じた成長をテーマにしています。 このように芸の道をひたすら極める姿や、同じ道を志す友人であり時にはライバルである存在が際立つ作品として、「昭和元禄落語心中」がありますね。

- タイトル
- (漫画)昭和元禄落語心中

- タイトル
- (アニメ)昭和元禄落語心中
映画『国宝』の基本情報
映画『国宝』の原作は、吉田修一(よしだ しゅういち)氏の小説を基にしており、壮大なストーリー展開が特徴的です。主人公は、運命に翻弄される喜久雄と二郎の二人であり、彼らの人生がどのように交錯するかが描かれています。 吉田氏は、この長編小説を執筆するにあたり、自ら3年間にもわたり歌舞伎の裏方として楽屋に入り、役者や関係者たちの日常や葛藤を肌で感じ取っていたとのことです。その経験が歌舞伎界のリアリティと登場人物たちの息遣いを克明に描いた渾身の一作となっています。そして李相日監督とは『悪人』『怒り』に続き3度目のタッグとなり、原作小説と映画が深く響き合う要因の一つとなっています。

- タイトル
- 国宝 上下巻セット 吉田修一
歌舞伎の歴史について
歌舞伎の歴史は、壮大な文化遺産として日本の伝統芸能の一つに数えられています。特に、江戸時代初期に生まれ、発展を遂げたこの舞台芸術は、役者による圧倒的な表現力と美しい演出で、多くの人々を魅了してきました。 そして歌舞伎は、吉田や中村などの著名な役者によって伝承され、今でもその魅力は変わりません。近年では、映画などのコラボレーションにより、国際的な知名度も高まっています。近年だと井上昌典監督による「シネマ歌舞伎 女殺油地獄」があります。
歴史を通じて、歌舞伎は日本の文化の象徴として位置づけられ、多くの作品が国宝に登録されています。有名どころだと歌舞伎座では頻繁に上演される歌舞伎が公演されています。。
歌舞伎の女方(おんながた)とは
女方は、歌舞伎の成立当初から続く、日本独自の様式です。男性が女性を演じることで、現実の女性を模倣するのではなく、様式化された「理想の女性像」を創造します。このため、動きの一つひとつ、視線の送り方、声の出し方、そして衣装の着こなしに至るまで、徹底的に磨き上げられた「型」が存在します。この「型」を習得するため、役者は幼い頃から厳しい稽古を重ね、その技を代々受け継いでいくのです。
魅力的なキャストとスタッフ
映画「国宝」は、なんといっても吉沢や鴈治郎などの才能ある役者が名を連ね、彼らの演技が特徴でしょう。また他にも俊輔の父である花井半二郎(渡辺謙)や喜久雄と共に上京した福田春江(高畑充希)などさまざまなキャラクターが絡み合う物語ともなっています。
『国宝』に刻まれた本物の役者を目指した魂の物語――光と影を生きた二人の役者
映画『国宝』の壮大な物語を彩る中心にいるのは、立花喜久雄と大垣俊介です。歌舞伎の世界で頂点を目指した彼らの人生は、栄光と挫折、そして究極の自己犠牲を浮き彫りにします。
物語は主に喜久雄を中心に進みます。喜久雄はヤクザの組長の子供として生まれ、その後、歌舞伎役者・立花炭治郎の元で俊輔と共に歌舞伎役者という伝統芸能の道へと進みます。しかし、その栄光の裏では、悪魔と取引をする物語として描かれ、すべてを犠牲にして空っぽになっていきます。
芸にすべてを捧げ、孤独になりながらも「人間国宝」と呼ばれる魂の姿が描かれ、光に包まれて物語の幕を閉じます。
これらの喜久雄の一生が3時間に渡り重厚なストーリーとなっているのですが、一つ筆者がわからないのが彰子との関係性でした。彰子の関係で喜久雄がひととき転落していくのですが、転落と彰子との関係が唐突気味で映画のみだと正直説明不足感があり混乱してしまいました。
立花喜久雄:国宝に上り詰めた男
極道の息子として生まれ、過酷な宿命を背負った喜久雄です。彼は、のちに歌舞伎役者・立花炭治郎の後継者となり、伝統芸能の世界にその活路を見出します。名門の後ろ盾を持たない彼は、血を求め、悪魔と取引をするかのように芸の道にすべてを捧げ、階段を駆け上がっていきます。その栄光は、家族や愛、そして人間性さえも犠牲にした代償でした。孤独と空虚さを抱えながらも「人間国宝」という称号を得た彼の人生は、光の裏に隠された影の深さを物語っています。
大垣俊介:歌舞伎の名門生まれた男
一方、歌舞伎界の名門に生まれた俊介は、安穏な未来を捨て、自らの意思で険しい道を選びました。彼は「本物の役者」になるため、家柄や地位といった既定のレールから降り、愛する女性・春江とともに貧困に身を投じます。彼を突き動かしたのは、ただひたすら芸と向き合いたいという純粋な情熱でした。しかし、その生き方は世間から評価されることなく、持病の悪化という形で彼の身体を蝕んでいきます。悲劇的な結末を迎える彼の姿は、栄光とは異なる、もう一つの役者の生き方を観客に深く問いかけます。
映画『国宝』の監督と制作スタッフ
映画『国宝』のメガホンを取ったのは、李相日(り・さんいる)監督です。彼は原作小説の著者である吉田修一氏の作品を映画化するのは3度目となります。これまでに『悪人』や『怒り』といった傑作で吉田氏の小説の世界観を見事に映像化しており、両氏の強い信頼関係が本作でも発揮されました。
脚本を手がけたのは、アニメ作品で知られる奥寺佐渡子(おくでら さとこ)氏です。彼女は『時をかける少女』や『サマーウォーズ』など、数々の名作アニメの脚本を担当してきました。原作小説の特徴的な三人称による語り口を、映画の脚本として巧みにアレンジし、登場人物たちの心情をより深く描き出すことに成功しています。
映画『国宝』の見どころと背景
歌舞伎にはさまざまな演目があり劇中に登場する演目をまとめました。これらの演目の知識があるとより映画「国宝」の魅力が伝わると思います。
連獅子 (れんじし):能を元にした舞踏劇で、親獅子が子獅子を谷底に突き落とし、自力で這い上がらせる「獅子の谷落とし」の物語です。映画の冒頭で描かれ、親子の共演として演じています。
娘道成寺 (むすめどうじょうじ):裏切られた僧侶への怒りで蛇になった女性の伝承が元になった舞踊劇です。映画では喜久雄と俊介の2人道成寺として演じています。青年から演じており途中から喜久雄が一人で舞台に上がることで、その後の2人の運命を表しています。
ポスターにもなっています二人が向き合っているシーンはこの娘道成寺です。白拍子の舞、町娘の踊り、花娘、恋する娘と鐘入は劇中の舞が特に印象的なシーンでしょう。
曽根崎心中 (そねざきしんじゅう):江戸時代に実際に起きた事件を基にした物語で、元は人形浄瑠璃から歌舞伎の演目となりました。劇中で特兵衛をかばうお初が足で心中する決意を伝える名シーンがあり、映画ではこのシーンが喜久雄と俊介の感情が交差する場面にアレンジされて使用されています。
鷺娘 (さぎむすめ):白鷺の精が人間の女性に恋をし、失恋の悲しみで命を落とす舞踊です。セリフがほとんどなく、美しい舞で悲しみが表現されるのが特徴です。国宝となる菊之助の最後の舞として、その魂の姿が描かれています。
映画のロケ地は文化財
映画『国宝』は数々の舞台が登場します。そんな舞台で登場するのは、兵庫県豊岡市の出石(いずし)にある「出石永楽館」です。出石は、「但馬の小京都」と呼ばれ、明治以降も鉄道が通っていないこともあって、古い街並みがそのまま保存されている町です。

まとめ: 日本芸能と興行の奇跡
映画『国宝』は、単なる文芸大作の枠を超え、日本の実写邦画界に新たな歴史を刻む映画でしょう。公開から2ヶ月以上が経過してもなお、口コミで観客を増やし続け、実写邦画としては22年ぶりの快挙となる興行収入100億円突破に迫っています。この社会現象ともいえる大ヒットの背景には、伝統芸能の真髄を追求した制作陣の情熱と、それを体感できる圧倒的な映像体験があります。
「100年に1本の傑作」と称される一方で、物語が一部で難解との声もあっがいます。しかし、そうした意見も霞むほどの説得力を持つのが、役者たちの渾身の演技があります。それは歌舞伎の型と現代的な感情表現が融合したその熱量は、観る者すべてを惹きつることでしょう。
若年層、特に20代・30代の女性からの熱い支持も、この映画の成功を象徴しています。伝統芸能の奥深さに触れ、人生の試練と向き合う二人の青年の姿に共感する姿が、多くの観客が劇場へと足を運んだのでしょう。
映画『国宝』は、まさに時代を超えて語り継がれるべき傑作として、日本の映画史にその名を刻むことでしょう。