2018年夏、映画界に衝撃的な作品が登場しました。『MEG ザ・モンスター』——それは、かつて海を支配していた史上最強の捕食者メガロドンと、現代最強のアクションスター、ジェイソン・ステイサムが真正面から激突する、まさに「男のロマン」を体現した一作です。
原作は作家スティーヴ・オルテンの小説『MEG』シリーズで、科学的考証に基づきながらもエンターテイメント性を重視した海洋スリラーとして高い評価を受けています。監督のジョン・タートルトーブは、この壮大な設定を現代的な映像技術で蘇らせ、観客を未知なる深海の世界へと誘います。
原作小説シリーズの魅力
『MEG: A Novel of Deep Terror』(1997年)は、1996年のフランクフルト・ブックフェアで話題作となり、20カ国以上で翻訳されたベストセラー小説です。著者のスティーヴ・オルテン(Steve Alten)は、フィラデルフィア生まれでテンプル大学で博士号を取得し、海洋学、古生物学の調査を10年以上続けてきた経験を活かしてこの作品を執筆しました。
興味深いのは、オルテンが家族を支えるために夜間や週末を使って小説を執筆し、編集費を捻出するために車を売ったという逸話です。この執念が実を結び、作品はニューヨーク・タイムズのベストセラーリストで19位(オーディオ版では7位)を記録する大ヒットとなりました。

- タイトル
- Meg: A Novel of Deep Terror
シリーズは続編『The Trench』(1999年)、第三作『Meg: Primal Waters』(2004年)、第四作『Meg: Hell’s Aquarium』(2009年)と続き、それぞれが異なる展開を見せています。日本では角川文庫から篠原慎氏の翻訳で『メグ』(1997年)として刊行され、映画公開に合わせて『MEG ザ・モンスター』(2018年)として再刊されています。
太古の海の王者であるメガロドン
映画「MEG」は巨大サメ・メガロドン(学名:Otodus megalodon)について触れずには語れません。約2300万年前から360万年前の前期中新世から鮮新世にかけて生息していた絶滅種のサメで、史上最大級の捕食者魚類とされ、全長は最大個体の推定値で最大10メートル、約13メートル、約15メートル、またはそれ以上など変動しているとされています。
2025年3月に発表された最新の研究では、メガロドンの最大個体は体長約24.3メートルに達し、従来考えられていたホホジロザメのような胸板の厚い体型ではなく、レモンザメのようなスリムで細長い体型をしていた可能性が高いことが示されています。この新しい知見は、本作で描かれる23メートルという設定の妥当性を裏付けています。

新生代第三紀始新世に登場したクジラの仲間が中新世には様々な種類に進化し、生息数も増加した際、メガロドンはこれらの大型のクジラ類を捕食していたことが化石から判明しています。メガロドンの絶滅時期は約360万年前とされ、これは現生のホホジロザメが台頭し始めたのと同時期であり、海洋生物の序列変化が絶滅の一因とされています。
シンプルな物語の魅力
映画「MEG」は、その潔いまでのシンプルです。マリアナ海溝の深海で古代のメガロドンが発見されるという設定は、一見すると「普通すぎる」サメ映画のように思えるかもしれません。しかし、主人公がジェイソン・ステイサムである時点で、この作品の方向性は決定的となります。
序盤から中盤にかけて描かれる海底探査のサスペンスは、科学的なリアリティと冒険映画の興奮を巧妙にバランスさせています。特に印象的なのは、深海という閉鎖空間での緊張感の演出です。暗闇に潜む巨大な影、突如として現れる古代の捕食者——これらの演出は、観客の想像力を刺激し、恐怖と期待を同時に煽ります。
クライマックスに向けた展開では、ステイサムの真骨頂とも言える無謀なアクションが次々と展開されます。武器の射程が30メートルしかないという制約を前に、彼が選択するのは泳いで接近するという脳筋プレイ。この常識を無視した発想こそが、本作の娯楽性を決定づけています。
キャラクター性の深掘り

ジェイソン・ステイサム演じるジョナス・テイラー
ステイサムが演じる主人公ジョナス・テイラーは、冒頭で過去のトラウマを背負った複雑な人物として設定されていますが、その重い背景を早々に解消し、純粋なヒーロー像に徹しています。この判断は実に的確で、サメ映画において求められるのは心理的葛藤ではなく、シンプルな勧善懲悪の構図だからです。
李冰冰(リー・ビンビン)演じるスーイン・チャン
中国の大スター李冰冰が演じるヒロイン、スーイン・チャンとの関係性も、過度にドラマチックになることなく、適度な距離感を保っています。彼女の存在は、作品に国際的な広がりを与えると同時に、ステイサムの男らしさを引き立てる効果的な配置となっています。
李冰冰自身は中国を代表する女優の一人で、国際的な作品への出演経験も豊富です。本作では海洋生物学者という知的な役柄を演じており、単なる「助けられる女性」ではなく、専門知識を持った対等なパートナーとして描かれています。この設定により、物語により深みが加わり、観客は恋愛要素を楽しみながらも、科学的な説得力を感じることができます。
サメ映画の新境地
本作の映像面での成果は特筆に値します。深海の暗闇から現れるメガロドンの威容は、CGI技術の粋を集めた圧巻の仕上がりです。体長23メートルという設定は、画面越しでも観客に圧倒的な恐怖感を与えます。
特に秀逸なのは、サメの巨大さを表現するための比較対象の使い方です。人間、潜水艇、そして海面に浮かぶヨット——これらとの対比によって、メガロドンの異常なスケールが強調されます。また、深海の青い闇と、サメの灰色がかった体色のコントラストは、視覚的インパクトを最大限に高めています。
アクションシーンでは、ステイサムの元競泳選手としての経歴が活かされ、水中での動きに説得力を持たせています。彼の泳ぎのフォームの美しさは、アクションの迫力と相まって、観客に深い印象を残します。
サメ映画の系譜における革新
サメ映画を語る上で避けて通れないのが、スティーヴン・スピルバーグの名作『ジョーズ』(1975年)との比較でしょう。『ジョーズ』が心理的恐怖を重視したサスペンス映画だったのに対し、『MEG ザ・モンスター』は視覚的スペクタクルを前面に押し出したアクション映画として位置づけられます。
興行収入の面では、本作は全世界で5億3000万ドルを記録し、『ジョーズ』の記録を塗り替えました。これは、現代の観客がよりダイナミックで分かりやすいエンターテイメントを求めている証拠とも言えるでしょう。
また、中国資本の参入により実現した国際的な製作体制は、今後のハリウッド大作の方向性を示唆しています。アジア市場を意識したキャスティングと演出は、グローバル時代における映画製作の新しいモデルケースとなっています。『ジョーズ』が「何も知らない人がサメに狙われる」という構図を確立して以来、数多のサメ映画が生まれましたが、本作はその系譜に新たな国際的スケールと最新技術による映像革新をもたらした記念すべき作品と言えます。
まとめ:深海に沈む男のロマン
『MEG ザ・モンスター』は、完璧なサメ映画ではないかもしれませんが、確実に楽しめる夏の娯楽作品です。ジェイソン・ステイサムという現代のアクションアイコンと、メガロドンという古代の王者の対決は、シンプルながらも普遍的な魅力を持っています。
本作が提起する問いは意外に深いものがあります。人類は自然界の頂点に君臨しているのか? 科学技術の進歩は、未知なる脅威に対してどこまで有効なのか?そして最も重要なのは、ジェイソン・ステイサムはどんな相手にも勝てるのか?