アニメ映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は日本にかず多くIPがあり、そのアニメ化は必ずしも成功とは言えない作品がかず多くあります。そんな中で任天堂の象徴的キャラクター、スーパーマリオを主人公とした「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は、全世界で1000億円を超える興行収入を記録しました。この快挙の背景には、単なるアメリカ発アニメーション映画ではなく、日本の任天堂が制作段階から深く関わった多国籍合作映画という、前例のない取り組みがありました。
任天堂株式会社の代表取締役フェローの宮本茂氏が共同制作者として名を連ね、「画面上に出てくる泡の数まで指摘して修正した」というエピソードが象徴するように、ここまで原作サイドが映画制作に関与した例は稀でしょう。イルミネーション・エンターテイメントの持つドタバタコメディの作風と、任天堂ゲームの「左から右に進むだけ」というシンプルながら奥深いゲーム性との親和性が、この作品を特別な存在にしています。
異世界ものとしての巧妙な設定
物語の舞台はニューヨーク・ブルックリンの移民街となっています。イタリア系アメリカ人の配管工兄弟であるマリオとルイージが下水道の奥深くから異世界であるゲームの世界に迷い込むという設定です。興味深いのは、この世界では「スーパーマリオというゲームだけが存在しない」という細かな世界観設定。マリオがパルテナの鏡をプレイし、部屋にスターフォックスのフィギュアが飾られているなど、任天堂作品への愛に満ちた小道具が物語に深みを与えています。

この異世界ものという設定により、スーパーマリオゲームを知らない観客でも自然に物語世界に入り込める構造になっています。これはとても親切な設定であり、現実世界から始まることで、観客は主人公たちと同じ目線でマリオの世界の驚異を体験できるのです。
そして本作最大の魅力は、間違いなくその圧倒的な映像体験です!イルミネーション・エンターテイメントの持つ3DCGアニメーション技術により、マリオの世界が息づくような美しさで再現されています。キノコ王国の城下町では、マリオオデッセイから着想を得たクレイジーキャップのお店や、歴代マリオ作品のアイテムが所狭しと並ぶアンティークショップなど、ファンなら思わず立ち止まって見入ってしまう細部への配慮が光ります。
イルミネーション代表作一覧(公式リンク付き)
- 怪盗グルーの月泥棒 (Despicable Me, 2010)
- Hop (2011)
- ロラックスおじさんの秘密の種 (The Lorax, 2012)
- 怪盗グルーのミニオン危機一発 (Despicable Me 2, 2013)
- ミニオンズ (Minions, 2015)
- ペット (The Secret Life of Pets, 2016)
- SING/シング (Sing, 2016)
- 怪盗グルーのミニオン大脱走 (Despicable Me 3, 2017)
- グリンチ (The Grinch, 2018)
特に圧巻なのは、中盤のレインボーロードでのカーチェイスシーンです。初代マリオカートのBGMが映画館の音響システムで響く瞬間、観客の体は自然とゲーム体験の記憶を呼び覚まされます。ドリフトの色が紫からピンクへと変化する演出や、青甲羅のホーミング攻撃など、マリオカートを愛するプレイヤーなら鳥肌必至の場面が連続でした!
現代的に再解釈された強い女性であるピーチ姫
本作で最も大胆な改変を受けたのは、ピーチ姫のキャラクター造形でしょう。従来の「とらわれの姫」から、マリオの師匠・メンター的存在へと大きく変化しています。クッパにさらわれるのはルイージであり、ピーチは大乱闘スマッシュブラザーズ並みの戦闘力を持つ強い女性として描かれます。
この解釈について賛否両論があることは承知していますが、アーロン・ホーバス監督の「絶対にクッパがピーチをさらうゲームと同じ展開にはしたくなかった」という強い意志が反映された結果です。アニャ・テイラー=ジョイという、『ウィッチ』から『クイーンズ・ギャンビット』まで強い女性を演じ続けてきた女優のキャスティングも、この解釈を支える絶妙な選択でした。
ゲーム音楽の力
また本作を語る上で欠かせないのが、音楽の素晴らしさです。近藤浩治氏が関わった楽曲は、既存のゲーム音楽を映画版にアレンジしたものが中心となっており、シーンが変わるごとに流れる馴染み深いメロディーに、ゲームで育った世代なら誰もが心を揺さぶられることでしょう。
特に印象深いのは、大乱闘スマッシュブラザーズシリーズで聴き慣れたオーケストラアレンジを、映画館の優れた音響環境で体験できることの贅沢さです。冒頭のキルビルの楽曲から始まり、懐メロ選曲で親世代を狙い撃ちする一方で、劇中のほとんどを占めるゲーム音楽のアレンジが、この作品を特別なものにしています。
シンプルさの意味
作品の評価が批評家と観客で大きく隔たりがあります。それはアメリカの映画評論サイト「ロッテントマト」では、批評家評価59%に対して一般観客評価96%という極端な乖離があります。レビューの内容を見ると「映画の内容が薄い」「子供だけが満足するだろう」といった批判的な声が多くあります。これは作品の本質を見誤った評価と言わざるを得ません。
これは大作といえる作品の多くは上映時間も2時間を超えることが当たり前になった中で、90分というコンパクトな上映時間でシンプルな物語を紡ぐことの価値を、批評家たちは過小評価しているのではないでしょうか。イルミネーションの作風である「物語よりもキャラクターの魅力を重視する」アプローチと、マリオの「一見簡単だけど奥深い」ゲーム性との親和性こそが、この作品の真の価値なのです。
本作の圧倒的な魅力の一つは、任天堂ファンを歓喜させる無数の「小ネタ」です。冒頭のピザ屋「パンチアウト」から始まり、マリオの声の父であるチャールズ・マーティネーが本人役でカメオ出演するサプライズまで、愛情深い仕掛けが随所に散りばめられています。
ルイージの着信音にゲームキューブの起動音を使用し、キノピオのバッグにはマリオオデッセイのシールコレクションをあしらうなど、細部への配慮は驚異的です。キノコ王国の城下町では、マリオワールドのびっくりブロックから、マリオ3のタヌキスーツ、マリオUSAの魔法のランプまで、歴代作品のアイテムがアンティークショップに所狭しと並んでいます。
特に感動的なのは、BGMの使い方です。ドンキーコング64の「DKラップ」を観客が歌うシーンや、レインボーロードで初代マリオカートの楽曲が響く瞬間は、まさに任天堂世代への最高のプレゼントでした。
まとめ:映画が持つ余韻と映画は誰のものかという問いかけ
アニメ映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は、エンターテイメントの原点回帰を示す作品でした。それは複雑な社会的メッセージや長大な物語よりも、純粋な楽しさと愛情を重視する姿勢は、現代の映画界に一石を投じているといえるでしょう。
この作品が問いかけるのは、「映画は誰のためのものか」という根本的な疑問です。批評家のためか、一般観客のためか、それともファンのためか。本作の圧倒的な商業的成功は、その答えの一端を示しているのかもしれません。
90分間という短い時間の中に込められた膨大な愛情と丁寧さ。それは、映画を観終わった後も心の奥に残り続け、私たちに子供の頃の純粋な興奮を思い出させてくれるでしょう。この作品を通じて、あなたは何を感じるでしょうか。